カヌレ
人間なんか嫌い。でも魔法使いの自分がもっと嫌い。出来る事なら南の魔法使いとして生まれて来たかった。こんな…東の魔法使いなんて、1番生きにくいことこの上ない。
「こ、殺さないでくれ!」
「目を合わせただけでも呪われる」
「近づいたらだめよ」
「魔女は若い男の生き血を啜るらしい」
はいはい。よくもまぁそんな罵詈雑言思いつくよね。残念ながら私は誰かを呪う魔法なんて使えないし、ましてや人1人殺められる程の魔力も無い。あったとしてもそんなことする度胸は無い。大体、魔法使いが悪い事をしたら、北の双子先生が駆けつけて痛い目に合わされるらしいから人間は安心して暮らして欲しい。魔法使いにあたらないで。本当に生きにくい。
「ま、魔法使い!どっか行け!」
今日も今日とて魔法使いとバレた途端これ。さっきまで親切にしてくれてた人間が、目の色を変えて邪険に扱ってくる。なんで魔法使いだってバレたかって、2階の民家から落ちてきた植木鉢の下にいた子どもを、魔法で助けてあげたからなのにね。見殺しにすれば良かったのだろうか。…私はただアップルパイを作るための林檎を買いに来ただけなんだけどなぁ。店の人のこの様子だと、それも叶わなそうである。前まではこうなると義理の父のファウストがやんわりと割って入ってくれてたんだけど、今は魔法舎に住んでいるからそれも期待出来ない。
「はぁ…」
林檎は諦めるか…と踵を返した先にいたのは、意外な男だった。
「何、彼奴ら」
「…オーエン?」
北の魔法使い、オーエンだった。ファウストと同じ賢者の魔法使いでたまに顔を合わせるから、お互い顔くらいは知っている仲である。
「ナマエ傷ついてるの?」
「え?」
「悲しい顔してる」
オーエンはこの場で嬉しそうに笑っていた。そういう男だと聞いていた。“オーエンには気をつけろ”と。
他人不信なファウストが言うならともかく、人類皆兄弟みたいな生き方をしているカインがそう言っていたのだから、相当ヤバイ男なんだろう。
「彼奴ら全員殺せばいいの?」
「……えぇ!?」
本当にヤバイ男だ。何故そうなったの。
「違う?彼奴らがお前を傷つけたんじゃないの?」
「傷つけたっていうか…」
人間からの差別に耐性は付いていた気でいたけど、そうやって指摘されるとドキリとした。私は傷ついたのかな。さっきまで笑顔で林檎を売ってくれようとしていたおじさんが、私のことをケダモノのような目で見て来たことを。私は人間を助けてあげたのに…ああ、私は感謝でもしてもらえると思っていたんだろうか。
「やっぱり彼奴らのせいなんだ。クアーレ…」
「ちょ、ちょっと待って!?」
オーエンを必死で引っ張って、人混みから外れた場所に移動した。仮に傷ついたとしても、それで血祭りにあげる意味が分からない。そこまででは無い。そして私が傷ついたからと言って、オーエンが出てくる意味が本当に分からない。私を気遣うような言動はしているけど、いかんせんずっと笑顔だ。
「…楽しんでる?」
私という程のいい理由を見つけて人間をいたぶれそうだからご機嫌なのだろうか。下手したら私まで怒られそうだからやめて欲しい。
「は?そんな訳ないだろ。」
勿論、と続くのかと思いきや、オーエンは貼り付けたような笑顔を至極不愉快と言った形に歪ませた。
「じゃあ何で笑ってたの?」
「ナマエに会いに行くつもりなら、笑顔で行けってスノウとホワイトに言われた」
まず私に会いに来たのは何でなの。
「これあげる」
「え?は、花…?」
小さなブーケのような花束を渡された。何で花なんて持っているのだろうと、気になってはいた。
「ラスティカに花でも持って行けって言われた」
どうして。ラスティカは少し不思議なところがあったけれども。
「ドキドキした?」
「は?」
「ドキドキした?ドキドキしなかった?」
ハラハラしたよ。というか現在進行形でハラハラしてるんだけど、オーエンは一体何がしたくて笑顔で花を持ってきたの。字面だけなぞればとても素敵な感じに見えるけど、花を片手に人間を血祭りにあげようとしていたのだから笑えない。
「僕のこと好きになった?」
「何で!?ならないよ…!」
そして言動がおかしい。
どこで好きになれるくだりがあったっていうの。
「何で」
「何で!?」
何考えているか分からない不気味な男だなとは思ったけど、こんなに理解不能なのは初めてだ。
「分かった。もういい」
そんな不貞腐られても。何が正解だったというの。ここで私が『オーエン大好き!』とはならないでしょ。
「へ?」
もういい、と言ったからにはどこかへ行くのかと油断していたら、顎を掴まれた。蜂蜜色の瞳と目が合って、私もカインのように目を奪われてしまうのかと焦ったのも束の間、閉じられた瞳は私に近づいて来て、唇が重なったのだった。
「ん…!」
待って待って待って。何がどうしてこうなったの。何で私はオーエンとキスをしているの。今日イチ分からない。
「サティルクナート・ムルクリード!」
「…クーレ・メミニ」
どうしたらいいのか分からないままになっていたところで、見知った魔法に助けられた。応戦する為に唇も解放された。
「ナマエに近づくなオーエン…!」
「ファウスト!」
会いたかった…!
ファウストに駆け寄ろうとするも、オーエンに腕を掴まれて呆気なく阻まれてしまった。
「ファウスト、来たんだ…双子達が足止めしてくれるって言ってたのに」
「オズが加勢してくれたからな。僕の娘を離せオーエン」
魔法舎では一体何が起こっているんだろう。オーエンの奇行も含めて説明してほしい。
「ナマエが僕の事を好きじゃないっていうから、僕はブラッドリーの言う通りにしただけなのに。」
「“女は強引にキスするくらいの男が好き”…なんて言葉を真に受けたのか?馬鹿馬鹿しい」
それだとまるでオーエンが私に好かれたいみたい…なんて凡そあり得ない仮説が浮かんで、絶対違うと首を振った。
「お前が邪魔しなきゃ上手くいったのに」
「そんな訳ないだろう。はぁ…ナマエ、災難だったな」
「ファウスト…痛っ!」
ファウストのナマエを呼べば、掴まれた腕をキツく握られた。反射的に声を上げれば、オーエンはギョッとして腕を離してくれた。私はその隙にファウストのところへと駆け出した。
「何だ。お前にも多少の優しさがあったんだな」
オーエンの行動は優しさからだったのだろうか。怪しいところである。
「…ねぇ、痛かった?僕のこと嫌いになった?」
ファウストの揶揄うような言葉を無視して、オーエンは少し赤くなった私の腕を見ていた。その目は不安げに見えなくもない。オーエンに不安という感情があるのかどうか疑問ではあるけど。
「どうしたら許してくれる?」
「えっと…」
今日のオーエンは質問が多い。それも意味不明な。私に許されなかったとしても、恨まれたとしても、オーエンには痛くも痒くも無いだろうに。
「…許してくれなきゃトランクの中に閉じ込める」
「そんな事したら絶対許さないよ!」
やはり先程頭に浮かんだ仮説は、恥ずかしいくらい的外れなものだったと天を仰いだ。
「はぁ…面倒くさいな」
「お前の方が面倒くさい。さっさと魔法舎に帰れ」
苛立ち始めたオーエンにハラハラしたけれど、ファウストが現れたこともあって私を揶揄うのは諦めたようだった。
「そもそも東の魔法使いは人見知りが多いんだ。まず挨拶から始めろ」
「そうなの?じゃあナマエ、またね」
挨拶から始めて、その先どうなることを前提の話なのかとても気になる。気になるけど、とてもファウストに聞けなかった。
「お前にはいつかヒースと…なんて思ってたんだけどな」
「本当に何の話!?」
ただ、私のいないところで変な風に盛り上がってる下世話な大人達がいることだけは察したのだった。
…やっぱり世界は生きにくい。