狼とクローバー | ナノ

クラフティ


街で魔法使いの店を見つけた。私が魔法使いだと気がついた店主さんの方から声をかけてくれて、何度か通っているうちに、それなりに打ち解けられた。


「これをお風呂に数滴入れるとリラックスするよ」
「アロマみたいなものですか?」
「そんな感じかな」

ある日。
店主さんは「常連だから」と、サービスで綺麗な小瓶をくれた。中には少量の液体が入っている。お風呂に入れるには数滴だと足りないように感じるけど、魔法使いが作ったアロマなら、数滴でも充分効果があるのだろう。

「今日は冷えそうだし、今夜早速使ってみます」
「そうだね。早く使うといい」

最近、夜になると少し寂しくて、憂鬱な気持ちになることが多いからちょうど良かった。ファウストが魔法舎に行ってそれなりの日が経っているとはいえ、寂しいものは寂しい。
薄らと孤独感を抱えていた私は、そんなタイミングで出会った店主さんを簡単に信用してしまったのだ。





「…妙な気配がする」
「オーエン!?ビックリした…」

日が落ちて冷えて来た頃、貰ったアロマを使うためにわくわくしながら浴槽に湯を張った。そろそろかなとタオルや着替えを用意していたところで、いきなりオーエンが現れたからビックリしてひっくり返りそうになった。

「おい。何か変なものを持ち込んでるだろ」
「変なもの?」

オーエンは意外にもスマートに、ひっくり返りそうになった私の背中を支えて起こした。表情は全然スマートでは無いけれど。

「魔法使いから何かもらったとか、買ったとか」
「ああ、これのことかな?」

オーエンくらい強い魔法使いだと、魔法使いの気配を辿れるものなのだろうか。思い当たるものは1つしか無かったので、例の小瓶を取り出せば、オーエンは思い切り顔を顰めた。

「クーレ・メミニ」
「ええ!?」

これがどうしたの、と聞く前に、小瓶は発火した。熱さは感じなかったけど、小瓶は中身もろとも灰となって消えてしまった。

「せっかく貰ったのに」
「誰に?なんて言われて貰った?」
「ひ、東の街の魔法使いに…お風呂に入れるとリラックス出来るって」
「殺す」
「…どうして?」

いい加減、オーエンのことはわかってきてる。少し前までだったら、嫌がらせで燃やされてしまったと思っただろう。今は、何かしらよくないものを私が受け取ってしまったから、オーエンが助けてくれたんだろうと思えるようになっていた。

「言いたくない。ナマエも、聞きたく無いと思う」
「もしかして、毒だった?」
「そうじゃな………まぁ似たようなもの」
「そうなんだ」

ショックだ。店主さん、感じ良い人だと思ってたのに、私のことを殺そうとしてたのかな。マナ石が欲しかったとか。

「寄越して来たのは男だろ」
「うん…」
「1人で暮らしてるって言った?」
「言った」
「嵐の谷で暮らしてるって?」
「うん…ダメだったかな?」
「…言うなよ、今度から」

私が落ち込んでるのを察したオーエンは、多分、怒ろうとしていたのに、強く言えなくなってしまったようだった。自分でも情けない顔をしている自覚はあった。
バツの悪そうに窓の外を見ていたオーエンが、機嫌の悪そうな顔を一層曇らせる。

「ちっ…魔法使いの気配がするから、ちょっと行ってくる」
「えっ」
「その小瓶を渡して来た奴の特徴は?」

まさか、店主さんでは無いと思うけど…でも、今のオーエンが魔法使いと出会したら、店主さんだと思い込んで危害を与えかねない。無実の魔法使いを守る為に、私は店主さんの大まかな特徴をオーエンに伝えた。
オーエンが煙のように消えて数分。聞き覚えのある声の断末魔が聞こえた気がした。





「あの瓶に魔法がかけられてたんだよ。ナマエがどこにいるのかわかるように」
「本当に店主さんだったんだ…」
「ふん」

戻って来たオーエンは勿論無傷で、涼しい顔をしているかと思いきや、苛立ちが収まらないようだった。
店主さんはどうなったの、と聞こうとしたけどやめた。真実を聞いても、お互い気持ちの良い話では無いだろうから。

「せっかくお湯を張ったのに…」

楽しみだったなと思ったけど、仕方ない。今度は人間のお店で、入浴剤を探してみてもいいかもしれない。

「何、一緒に入る?」
「えっ」

どうしたらそういう話になるんだろうと思ったけど、オーエンは本気…と言ったら言い過ぎだけど、冗談を言ってる顔では無かった。
例えば、ネロがご飯を沢山作って、『せっかくだからナマエも食べて行けよ』って言ってくれた時みたいな、ものはあるから受け取れみたいなテンションで、お風呂に一緒に入るかと提案して来た。

いやいやいや。

「う、うちのお風呂狭いから無理だよ」
「魔法舎で入って誰かと鉢合わせるよりはマシ」
「私と鉢合わせるよ…?」
「ナマエは良いでしょ」
「………」

変に、考えすぎ…?お風呂って、私の知ってるお風呂だよね?あの、裸になってお湯に浸かって身体を洗うやつ。

「あっ」

たじたじになっている私を置いて、オーエンはスタスタと浴室を見に行ってしまった。

「これなら別に2人くらい入れるでしょ」

入れなくはない。けど、入るの?私とオーエンが一緒に……?
全然ピンと来ていない私とは反対に、オーエンは早々にコートを脱いで椅子にかけた。その上に帽子も置いた。

「ほら、入るよ」
「む、無理だよ…」
「何で?」
「オーエンの前で脱げないもん…」

お風呂に入るのが嫌か嫌じゃないかと聞かれたら、嫌じゃないとは思う。でも、裸になれない。恥ずかしすぎる。

「脱がせばいいの?」
「ちがっ、」

どうしてこのタイミングでキスしたんだろう。そういえば、今日はまだしてなかったけど。
最近のオーエンのキスは、前よりも長くなった。長くなって、深くなった。キスされる度にどうしようもない熱が身体に溜まっていく感覚に、いまだに慣れないでいる。

「…逆に、これ以上変な感じになる前に、脱いだ方がいいんじゃない?」

唇が離れて、オーエンは嘲笑した。
普通、脱いだ方が変な感じになるじゃないんだろうか。頭がクラクラして正常な思考が働かないまま、オーエンが私のブラウスのボタンを外していくのを見てることしか出来なかった。

「顔真っ赤」
「だって…」

ブラウスとスカートを脱がされた後、下着を脱がそうとするオーエンの手に若干迷いが現れた。私の顔見て、良いのか確認するようにゆっくりパンツに指をかけられたとき、やっと正気に戻った。

「あ、あとは自分で脱ぐから…!」
「そう」

変にごねられたらどうしようとも思ったけど、オーエンはあっさり引いてくれた。後ろを向いて脱ぎ始めたオーエンにパニックになりながらも、私も下着を脱いで裸になった。

「脱いだから見ないでね」
「…わかった」

わかった、の言葉通り、オーエンはジロジロ見て来たりはしなかった。私も、オーエンの上半身だけしか視界に入れないように必死だった。
簡単に身を清めて浴槽に浸かれば、お湯のお陰で身体が見えにくくなって、やっと安心出来た。

「あったかい…」

オーエンと向かい合ってお風呂を浸かっている。ギュッと縮こまってる私とは反対に、オーエンはゆったりと身体を投げ出していた。

「ナマエさ」
「うん」
「魔法舎に住めば?」
「どうしたの、急に」

急な話だった。そんな妄想をしたことが無い訳ではない。でも、ファウストから誘われたこともないから、何となく、私はあそこに住んじゃダメなのかなって思ってた。

「今日…さっきのやつ」
「うん」
「あのままだったら、一緒にお風呂に入るなんて目じゃないことになってた。僕以外のやつと」
「…うん」

オーエンは最後まで具体的なことを言わなかったけど、そういうことなんだろう。
オーエンと一緒にお風呂に入るのは恥ずかしかった。だって、裸だから。じゃああの店主さんの前で裸になって…それ先のことを想像したら、今まで体験したことの無い気分の悪さに襲われた。

「想像するなよ」
「どうしてわかったの?」
「そういう顔をしてる」

確かに、眉間に皺が寄っていたかもしれない。オーエンに指摘されて力を抜いたら、両脇に手を差し込まれた。

「うわ…!」

くすぐったくて身を捩ったのは一瞬で、ザバッと音を立てて持ち上げされたから発狂しそうになった。

「そんなに遠くにいたら一緒に入る意味無いでしょ」

何をされているのか理解出来ず、頭が真っ白になっていれば、そのまま身体をぐるりと裏返される。つまりは、後ろ向きにさせられて、オーエンの身体の上に置かれた。

「ど、どういうっ…」
「うるさい」

久しぶりに罵倒されたような気がする。罵倒と言うには、とても柔らかいものだったけど。

「あのままだったら、こんなんじゃ済まなかったんだからな」
「ごめんなさい…」

私に怒りたくはないけど、怒りは納まっていないのかもしれない。お風呂も、やり場の無い怒りをコントロールするために『このくらいは許されるだろう』くらいの気持ちで入ろうと言い出したのかも。多分。

「ひっ…」

オーエンの両腕が後ろから回されて、私のお腹の前で組まれた。ついでと言わんばかりにお腹を撫でられて、変な感覚がして声が出た。

「これ絶対はいらないだろ」
「えっ?」
「………」
「オーエン?」

何か言って欲しくて後ろを向けば、当然だけどすごく近かった。いつもの綺麗な顔は、何か言いたげな唇を尖らせている。ご機嫌取りで、と言ったらまた怒ってしまうかもしれないけど、無言で唇を重ねたら、何かを諦めたような溜息を吐かれてしまった。

「ああでも、ナマエが魔法舎に来たらこういうことも簡単に出来ないか」
「こういうこと?」
「…言って欲しいのか言って欲しくないのか、ハッキリしろよ」
「ごめん」

言って欲しくないかもしれない。
まだ何となく、何を言ってるのかわからないていを貫かせて欲しい。

「安心して。僕の腕の中は世界で1番安全でしょ」
「オズ様の腕の中より?」
「誰がオズの腕の中に入れるんだよ」

アーサー様とか?少なくとも、私は一生入れる気がしない。オーエンの腕の中にだって、なんで入っているのかわからないくらいなのに。

「ある意味ここも危険だと思うんだ」
「へぇ、いいよ。別に、そういうことにしても」

オーエンは愉快そうに笑っていた。意地悪そうにとも言う。
やっと機嫌が治って来てくれたのが嬉しくて、今度は頬っぺたにキスをすれば、不服そうな顔をされてしまった。

その顔が、嬉しいのにどんな顔をすれば良いのかわからない時に出てくるものだと、私はもう知っている。

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