「ほんと、坂田さんの頭の中が見てみたいですよ。アンタが何考えてんのか、俺にはひとつもわからない」
「そーお?うん、それじゃあ今考えてることもわかんないか」
「わかる訳ないじゃないですか」
「当ててみて」
「無理ですって」
「チャレンジする前から諦めちゃあいけないよ土方」

それが己の人生に向けられた言葉であるような気がして、土方の胸が少しだけ痛む。仕事に対しては揺るぎない強い決心を持ってこの数年やってきたつもりではあるが、こうやって稀にちくりと鋭い台詞をはくからこの人はずるい、と思った。
土方は少し温くなったブラックコーヒーを一口飲んで、息をつく。

「…でも俺は、アンタの担当でいられて満足ですから」
「何急にデレ発動?」
「別にアンタのことが好きって訳じゃないですからね」
「なんだよ最初の頃はあんなにキラキラした目で褒めてくれてたのに」
「先生の文章好きなことに変わりはないですけど…」
「あらら、うれしいこといってくれるじゃないの…俺もね、土方くんの淹れてくれるコーヒー大好きよ」
「俺別にバリスタ目指してないんであんまり嬉しくないんですけど」
「違うの違うの、さっきのクイズの続きだよ。俺は毎日土方くんにコーヒーいれてもらいたいと思ってるんだよ」

なんだそれは毎日来いってことか、と土方は首を傾げる。それともカフェ店員にでもなれってか。
やっぱり、この人の頭の中は意味不明だ。きっと何か突拍子もないことを考えているには違いない、けれど。

「…先生の文章は時々比喩が多くてわからなくなります」
「何、わかり易く言ってほしいって?」
「時にはシンプルなフレーズもいいかと」


坂田は二つ目のシュークリームに手を出そうとして、少し躊躇った。土方はあまり甘いものが得意ではないので、二種類買ってきたシュークリームはもちろん両方とも坂田用なのだが、いつもはそれを知っていてぺろっと平らげる坂田が、伸ばしかけた手を引っ込めた。
代わりに頬をぽりぽりと掻きながら、ちらっとこちらを見上げる。

「じゃあ単刀直入に言うけどさ…、」
「はい」
「…俺んちに、一緒に住みませんか」
「…え?」
「いやっ、そしたら土方くんも原稿の催促とか楽になるし、 俺も毎日おいしいコーヒー飲めるし、ほらここ広すぎっていつもいってんじゃん」

(だから俺はお前の専属バリスタじゃねえ)というどうでもいい文句が真っ先に脳裏に浮かんで、次にこの部屋の間取りが思い浮かぶ。
え、ここに住めるの?ラッキー、とまで考えたところで、もう一度坂田の台詞を反芻した。
ええと、一緒に住みませんかというのは、つまり、一緒に、住む、ということで…

「…同棲?」
「いやいやいやちょっと待って若気の至りで愛の逃避行とかそんなんじゃなくてさ!」
「じゃあルームシェアですか?」
「うーん、意味としてはおんなじかな…」
「じゃあ一緒に住むっていうのは…」
「もうそのあいのこってことでいい!」
「あいのこ…」

同棲は恋人同士がするもので、ルームシェアは友達同士のそれ、ということは要するにそのあいのこなら…

「友達以上恋人未満?」
「うわっ恥ずかしっ!なんか恥ずかしっ!考えてることばれちゃったみたいで恥ずかし!」
「…そんなこと考えてたんですか…?」

坂田は、うぅ、というどっちつかずな声を漏らした。
外したはずの眼鏡を持ち上げる仕草をして、ないことに気付いてまた恥ずかしそうに頭を抱える。

「その…だから…作家と担当って関係以上に…なれたらなあ…なんて…おもっ…」

紙の上に紡ぎ出される水のように流暢な言葉と違って、坂田がその口から放つ言葉は不器用で分かりづらくて、それゆえ時にひどく直接的だ。
それでもそのどっちも好きだと思えるのは、坂田の文章以上に坂田という人間が好きだからなんだ、と土方は今更のように気付いてはっとした。

「じゃあ…」
「?」
「あの物置みたいになってる部屋、片付けてくださいね」
「へっ?」
「俺にくれるんですよね、あの部屋を」
「あ、ああ、うん…ええ!?」
「じゃあよろしくお願いしますね」


坂田は目を見開いて、ぱちぱちと人形のように瞬きをした。
その様子があまりに幼くて、土方は思わずぷっと噴出す。
一度笑い出したらあとはとまらなくて、土方はまだ目を真ん丸にしている坂田を置いてきぼりにしたままけらけらと笑い続けた。


「土方くんが笑ったの初めてでびっくりしちゃった」
「俺も、こんなに笑ったのは久しぶりです」
「はあ…そうかあ…一緒に住むってこういうかんじかあ…」
「はあ?」
「いや、どきどきするね、って」
「俺がいつもいるからって油断しないで締め切りも守ってくださいよ」
「作家舐めんなよー」

ぐ、と親指を突き出して坂田はにぃと笑った。
その少し照れたような笑みに、あの初めて会ったときのことを思い起こす。
その笑顔をもう一度見るために、頑張ろうと決意した日。
でもいまは、もっともっと他の顔も見てみたい、なんてそんな欲張りなことを考えていて。

作家と担当という関係の先に見えてくるのは、まだ見たことのない新しいお互いの姿。


「シュークリームうまっ」
「さ、糖分摂ったらさっさと続き書いてくださいよ」
「うわん土方くん鬼畜…ひでェ」


澄んだ水のように凛としたその文章も、不器用で回りくどい愛の言葉も、
すべてがあなたの作り出すものなら、
わたしはそれを、愛したい。



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いおたん三万おめでとう。
なんかこうムラっときて書いたよ。
全部が全部ノンフィクションだと若干きもいけど、
それぐらいあなたの文章が、すきです。


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