***


「ぶえ…くしゅ…ッ!んー…ダリぃ…」
「あら、起きたかい?」
「…あれ?何俺風邪こじらせて天国行っちゃった?死んだババアが見えるんだけど」
「死んでないわァァァ…!!!」
「いてええっ!……っくしゅ…!あ゛ー…」

ずるずると洟をすすりながら、銀時は熱のせいでいつもより更に気の抜けた視線を天井にふらふらと彷徨わせた。

「あ゛ー…誰か俺の噂してんのかな…」
「普通に考えて風邪のせいだろうが!ほら、お妙ちゃんがお粥作ってきてくれたみたいだから、食べるかい?」
「え゛、あの女の料理!?風邪引いてるときにダークマターなんて食ったら一発で天国行けちまうわ…俺まだ死にたくねえよう」
「熱あるってのに良くまわる口だねェ…」

熱が出た、という話を聞いて見舞いに来て、珍しく辛そうにしているものだから情けでもかけてやろうと思っていたのに、起きた途端ばりばりの通常運転を始めた銀時にお登勢は苦笑いを浮かべた。
それでもさすがに起き上がるのは辛いらしい。何せ38.8℃の高熱である。
今回ばかりは悪さもできないね、とお登勢が笑うと、銀時はうるせえと呟いてごそごそと布団に潜った。

と、頭の先まで潜りかけたところで、急ににょきっと再び首を出した。
「おいババアいま何時…?」
「あん?18時、だけど?」
「しまったァァァァ!」
「何、約束でもしてたのかい?…そういえば店の前にも随分吸殻が落ちてたみたいだったねェ…」
「やべえ怒られる殴られる殺される…!」

真っ青になってがばりと布団をはいだ銀時の腕を、しかしお登勢はぐ、と掴んだ。

「まさか行く気かい?」
「だってせっかく予定合わせ…!」
「そんな熱じゃ外出た途端倒れちまうよ。悪いこたァ言わないから、連絡だけいれて諦めるんだね」
「…っくしょ…!んでこんなときに…」

ぐしゃりと髪を掴んで、半身を起こしたまま銀時はうなだれたように固まった。
それでも、しょっちゅう周囲の静止を振り切って行動するような男だ。気を緩めれば出て行くに違いないと、お登勢は掴んだままの手に力を込めた。

「ほら、いま電話持ってくるから安静にしてな。」
「……」

渋々、と言った様子で銀時は俯いたまま布団に戻る。
と、お登勢が手を離して立ちあがった瞬間、玄関のチャイムがひとつ、家の中に響き渡った。

「誰だい?こんなときに…ちょっと見てくるから大人しくしてるんだよ。」
「言われなくても寝てるっつーの」

銀時を和室に残したまま、お登勢は玄関の方へと向かう。
急くように押された二回目のチャイムにはいはいと返事をしながら、お登勢はガラリと戸を開けた。

「悪いけどきょうは…」

戸を開いた途端、外の空気と一緒になってふわりと流れ込んできた香りに気付いて、お登勢は目を細める。

「あ、の…、万事屋は…?」
「ちょっと中で寝込んでてねえ…アンタかい?約束してたのって」
「いや、約束ってほどでもねえ、んですけど…」
「ひ、じ、かた…っ、きて、くれたの…!?」
「銀時…!」
「ちょっと、起きてきて大丈夫なのかい?」
「風邪なんかにやられてたまるかよ…」

寝巻きのまま出てきた銀時だったが、熱に浮かされた足元は覚束ない。
ふらりと倒れそうになった身体を、玄関に立ったままの土方が身を乗り出して支えた。

「立派に風邪にやられてんじゃないかい。」
「うるせぇババア…」
「悪態つく元気だけはあるんだねェ…」
「ひじかたぁ…ごめんな…」
「仕方ねえだろ風邪なら…てかちょ、お前、重い…っ」
「えー、こうゆうときくらいいいじゃん…甘えたくなるのー」

ふにゃりと笑って銀時は土方の首筋に顔を埋める。
どんどん重くなる銀時の身体を引き剥がそうと服を掴んだ土方だったが、隣に立ったままのお登勢と目が合うと慌てて気まずそうに視線をそらした。

「自分で歩けよばか…!」
「うーん…だるい…」
「ちょっとアンタ」
「は、い…?」
「約束すっぽかしちまったうえに悪いけど、そのバカ寝床まで運んでくれないかね…アタシじゃ到底支えきれないわ」
「あ、ああ…」

土方は銀時の体重を支えたままもどかしげに靴を脱ぐと、うんうんとうなりながら抱きついてくる銀時を半ば引きずるようにして布団まで運んでいった。

枕も乱れた布団のうえにぼとりと乱暴に身体を落とせば、銀時はぐえ、と蛙のつぶれたような声をたてた。
その傍からお登勢が手を伸ばして何枚か重なった毛布をかけてやる。

「うー…だり…」
「今度こそ早く寝るんだよ」
「言われなくても寝るってーの…」
「ついでといっちゃぁ悪いけど、コイツが寝るまで見張ってやってくれないかね?アタシもお店の準備があるもんで…」
「あ、ああ」
「んじゃ、大人しくしてんだよ」

ぽん、と一度だけ布団を叩いてお登勢は一階へと向かっていった。
カンカンと響く階段の音を聞きながら、ババアも気ィ利くんだな、なんて銀時は呟いた。

「土方ぁ、手ェ握って…」
「調子のんな!」

言いながらちゃっかりつないでしまう土方は、今日は随分銀時に甘いようだ。

「寝なきゃ治んねーよ…」
「うーん…だってひじかたの顔見てたい…」
「傍にいてやるから、ほら」

まぶたを閉じるように優しく手で覆われて、銀時は大人しく目を瞑った。
身体は熱におかされてオーバーヒート気味なはずなのに、土方の手から伝わる熱は不思議と心地よい。
きゅ、と力を込めると同じように握り返される手に安心して、銀時はすうっと意識を手放した。


***


「…え、何でまたババア?」
「もう朝だよ…熱はだいぶ下がったみたいだね」
「えええ土方はぁ?」
「夜中に帰ったみたいだよ……なかなかいい男じゃないかい」
「アンタ意外と面食いだっけ…」
「確かにあの人の昔に少しだけ似ているねェ…それに、煙草」
「?」
「吸わなかったじゃないか、病人の前で…あんだけ吸い殻落としてくなんて、余程のヘビースモーカーだろうに」
「あ、ああ…確かに」
「意外と思いやりのあるやつだってことさ」
「思いやり、ねえ…」

その単語は到底似合わない気もするけれど、すこしだけ殊勝だった男の姿を思い返してみる。
余程急いだのか、息のあがったままの状態で、待ちきれずに二度もチャイムを押して。

(まさか戻って来てくれるとは思わなかった…)


愛かも、なんて自惚れてもいいだろうか。

「ほら、まだちょっと熱あるんだから、あと少し寝てすっかり治しちまいな」
「はいはい…」
「いやだ、珍しく素直だねぇ」
「たまには銀さんも素直ないい子になるんですよう」

うそぶいて、布団に潜る。
次に会えるのは何週間先だろう。
そのときには煙草でもプレゼントしてやろう、と思って、銀時は目を閉じた。




あいおもいぐさ:煙草の別称。


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21000・むるさまリクエスト
原作銀土で近藤さんかお登勢さんが出てくる話、とのことでしたので、欲張ってふたりとも登場させてみました。
普段うちのサイトではあまり出ないキャラなので、楽しかったです!
ありがとうございました!
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