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…でもこの日常は普通なんだ。 レンと一緒に歩いたこの坂道もレンが居なければただ普通の坂道。 見わたすかぎり、皆制服を着こんで学校へと向かう人ばっかり。
私服で、口が悪くて、どうしようもないヤツはいない。 これが、普通。
…あーもう。
大丈夫、大丈夫。
深く息を吸い込み、ゆっくりと外気へと放つ。
「おはよう、理子と委員長」
「おはよう。ほら、理子学校行くよ」
「おはようマイハニー☆って事で委員長先に行っといてね」
「…わかったよ」
彼氏はそっちのけか!! はぁ、とため息を付く委員長が不憫でなりません。
いつの間にか解放された理子は潔く委員長を切り捨てて私の隣を歩き始めた。 とぼとぼと前を歩く委員長は少し可哀想だけど、ちょっと理子と歩くのも悪くない。
「久々だねー、理子とこうして学校行くの」
「そうねー、夏休み前までは一緒だったわね」
「本当そんな前になるね…」
夏休み。 前半は何もなくって、一女子高生として家でPCいじりの日々。 でもそれがくつがえされたのは後半の…レンが宅配便で届いた時。
今思い返すと宅配便ってなんか変。 レンが現実に現れたからなのか、ちょっと笑える。
いきなりPCから出てきたり、猫かぶりに驚いたり、買い物したり、色々私の日常に変化がありすぎた。 …悪くないけど。
「なに笑ってるのよ○○。思い出し笑い?私も混ぜなさい!」
「これは駄目です」
私の大切な思い出。 普通じゃない、でも私にとっては普通の思い出。
「ところで今日レン君は?」
一瞬息が詰まった。 ドク、と不自然に高鳴る鼓動を無理矢理押さえつける。
「あー、えっとウィルスにやられてる」
間違ってないよ、コレ。 正確すぎる答えに私は拍手をしたいくらい。
「風邪?彼女としてお見舞いでもしてあげたら?」
お見舞い、したいな。 …でも出来ないから仕方ない。
同じ屋根の下にいるのに会えないなんて可笑しな話。 朝だって、扉に鍵が掛かってて入れなかった。
一応私だって早起きして顔くらい見れるかな、なんて思いで扉に手をかけたのに玉砕。 そのときの手の行き場は本当何処にやればいいのか、全く分からなかった。
「…○○?」
「あ、あー…そうだね。する、ね」
よくぼー、とする事が多くなった。 多分普段働かせない、脳をフルに近い状態まで使い込んでるからだ。 …脳みそ溶けたらどうしよう。 そのときはそのときで考えよう。
…とか思ったけど溶けてたらそれ無理だよね。 なにか改善作を…。
「…いい事教えてあげよっか?」
「…うん?」
いきなりそんな話を持ち出すものだから1テンポ遅れる。 横に歩いてた理子は、私とガッツリ目を合わせながら歩く。
…こけないでね。
ニヒヒ、と笑い妖艶さをまといながらも年相応な笑みをこぼす。
「その1!!」
「え、1!?」
何回か続くのか!! もうすぐ学校着くんですが!!
「人間は70%の水分が体内にあります」
…うん、無いと死んじゃうよ!! 脱水症状とかなるんじゃないの?無かったら。 いや、違うかも。
「その2!!」
「やっぱりあるんだ!!」
「ちょっとやそっとで水分はなくなりません」
「…理子?」
ピタ、と歩く足が止まった。 やっぱり今日は寒い。 晴れてるのに寒いのはちょっともったいないなぁなんて。
すぐ距離を縮めてきた理子は私のほっぺたをきゅ、とつまんだ。
「前にさ、泣くのを我慢してた事があったね。…あのクソナルシスト先輩の事件」
「別に我慢してたわけじゃ…」
ない、と思う。
「じゃあどうして私に涙は枯れるなんて話をしたの?」
そんな話をした記憶はないけど理子が言うからには本当なんだろうな。 多分その頃に言ったんならママにその話を聞きたての時だったと思う。
でも、なんでこんなにタイムリーに理子がそんな話しを持ちかけてくるのか不思議。
不意にほっぺたをつまむ手に力が入った。 …い、痛いです理子サマ。
「こんのかわい子ちゃんめ!!私が分からないとでも思ったの?…それに目が腫れたままよ」
何かあったんでしょう、といいながら手は離され再び学校へと足が動く。 本当、理子の観察力と勘は侮れない。
「敵わないよ、理子には…」
ふふ、と自分でもビックリするくらい柔らかい笑いが漏れた。 寒い風もさっきみたいに凄く見に染みるとは感じなくなってる。
なんでかな、別に特別慰められてなんかないのに気持ちが楽になる。 これをどう表すのか私にはわからないけど、とりあえず理子に感謝。
「○○はマイスイートハニーだからね!!」
「いや、違ぇよ!」
ハニーだけはいくら理子を認めようとも許可しません! それになんか恥ずかしいし。
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