08


ブン太は10分もしないうちに来た。アイス、アイスと鼻歌を歌っている。楽しそうだなあ。


「名前、アイス!」
「分かった分かった。」


自転車に跨がり、いつものようにブン太が後ろに乗るのを待っていたのだが。ブン太は動かない。乗ろうともせずに横に立っている。


「ブン太?」
「お前降りろ。」
「は?」
「いいから降りろ。」


渋々降りると、ブン太が跨がった。そして乗れ、と促した。え、でも約束が違う。行きは私が後ろに乗る代わりに、帰りはブン太が後ろに乗るって。


「ミーティングだけだから疲れてねえんだよ。」
「でもさ、」
「お前ちょっと考えれば分かるだろぃ!俺だけ楽して、女に漕がせる訳ねえって。」


なんだ、格好つけたいだけか。こんな幼なじみでも、ちゃんと女の子扱いしてくれる。そんな優しいブン太に惚れたんだ。どうしよう。もっと好きになっちゃう。


「早く乗れよ。」
「…うん。」


私は自転車の荷台に腰掛け、鞄を前に抱え込んだ。そして毎朝のように、ブン太のワイシャツを少しだけ掴む。


「よし。行くぜぃ!」


自転車がカラカラと音を立て、走り出した。初夏の風が髪を撫でる。ブン太の赤い髪を揺らし、ワイシャツを靡かせる。年頃の平均身長より小さめなブン太。でも、昔より断然大きくなって、そして私から離れて行った。背中が記憶の中のブン太と重なって見えた。こんなに近くにいるのに、ブン太の気持ちは私に向いていない。カラカラと自転車が鳴る中、私は声を殺して涙を流した。


「とーちゃく!」


ブン太は駅前に自転車をとめ、デパートに入った。私は慌てて後ろからついていく。コールドストーンはデパート一階のお惣菜屋さんの隣にある。なんだ、この立地条件、と思いながら二人で店に入る。一緒にショーケース前のメニューを覗き込む。やっぱり無難にクッキーバニラかな。でもイチゴも美味しそう。


「うまそ〜!」
「私どれにしようかな。」
「俺、イチゴにするから、名前クッキーバニラな。」


と言ってから、私の返事を聞く前にショーケースの向こうにいる店員に注文した。一気に顔が歪んだ。なんで勝手に決め付けてんだ、こいつ。するとブン太がメニューから目を離し、私の方に目を向けた。


「んだよ、文句あんのか?」
「あるに決まってるでしょ。勝手に決めないでよ。」


店員は既にアイスを作り始めている。イチゴとクッキーバニラ。せっかく高いのに、二つも食べる金銭的余裕はないのだ。ふざけんな。


「だって俺クッキーバニラも食いたかったし?」
「知るか。」
「んなこと言って、お前こういう時悩んだ揚句、クッキーバニラじゃん。」


う、と言葉に詰まった。言い返せない。確かに私は結局はいつも同じ物を頼む気がする。


「ほれ見ろぃ。」


悔しい。なんだかんだ言って、ブン太はよく私を見ている。よく私を知っている。するとブン太は出来上がったアイスを店員から受け取り、私に両方渡した。そして席を取ってろと促す。偉そうに!先に食ってやる。アイスに刺さったスプーンでイチゴアイスを口に運んだ。くそ、うまい。ブン太は分かってる。私がイチゴとクッキーバニラで悩むことを。いつだってそうだったから。


「……美味しい。」
「おい!何勝手に食ってんだよ!」


ブン太は紙コップを二つ持っていた。そして水を差し出す。隣に座って私が持っていたイチゴアイスを奪い取った。


「あ、お金。いくら?」
「いらねえよ。」


え、まさかあのケチで有名なブン太が奢り?


「借りは倍返しで返せよ?」


トキメキを返せ。


―――


強引なブン太くんが好き

2011.12.26


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