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別れを切り出してから、ブン太とは話していない。朝も帰りも、別々で。まるで初めからそうだったかのように、私の生活からブン太の存在は消えた。あ、所詮そんなものだったんだ。ブン太にとっての私の存在。


「名前、ノート。」


休み時間中に、凜子がI組に来て私にノートを差し出した。そういえば貸してたっけ、とぼんやり考えながらそれを受け取った。凜子は無表情のまま、私の前の席に座って向き合ってきた。


「あんた、なんで別れたの?」


今の表情を鏡で見たかった。今の私、どんな顔してる?出てきたのは渇いた自嘲だった。


「…なんでだろうね。」


ブン太の気持ちがないままキスされたって、全然嬉しくなかった。彼の気持ちを見ない振りをして、恋人ごっこに溺れて。でも、私はからっぽのキスをして幸せだなんて、そこまでずるくはなれなかった。ただそれだけのこと。


「あんたは、それでいいわけ?」
「…いいんだよ。」


いつも思うけど、凜子の瞳は真っすぐすぎて、今の私にはつらいものだ。私は彼女から視線をそらして机の脚を見た。それでも突き刺さる視線に、いたたまれない。その時、私が見ていた机の脚の横に、人の足が並んだ。見上げると、ジャッカル君がいた。


「なによ。今大事な話してんだけど。」
「あ、悪い。いや、今度の関東大会のことなんだけどよ、来てくれるんだろ?苗字も。」


関東大会。どうしよう。行きたくない。中学最後の大会なのに、私はブン太に会いたくないし、彼を応援する資格もない気がする。こんなことを凜子に言えば、応援するのに資格なんて必要ない、と言ってくれるだろう。私もそう思う。でもこれは、私の気持ちの問題だ。


「あたしは行くけど名前どうするの。」
「苗字こねーの?丸井、レモンのハチミツ漬け楽しみにしてたぜ?」


大きな大会のある時は必ず、練習試合の時はたまに、私はブン太に、と言うかレギュラーの皆に差し入れを持って行っていた。別に頼まれてないけど、やっぱりそこは当然のこと。それで、前回試合を見に行った時に、野球部の定番であるレモンのハチミツ漬けを作って持って行った。タッパーに入れただけだけど、柳君と真田君は今までで一番褒めてくれたし、喜んでくれた。その時に、ブン太の表情を見ても至って普通で。多分、とくに何も思わなかったんだろう。ブン太は昔から、物をくれればそれでいいって考えだったし、それが私じゃなくたって支障はない。


「…私の代わりに作ってあげてよ。」
「嫌。あたしジャッカルにしか差し入れ持って行かないもん。」


少し恥ずかしそうにしているジャッカル君は、照れ隠しをしたいのか、大会の時間や場所を説明し始めた。そして最後に、丸井のためにもおまえは絶対来いよ、と言ってから立ち去った。ジャッカル君がいなくなった後、再び凜子は鋭い視線を私に向ける。


「行く、よね?」


有無を言わせぬ物言い。本当に、ジャッカルカップルは私の心を乱すのが好きだ。私は、再び薄い自嘲を浮かべるだけだった。


―――


2012.01.22


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