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意味が分からない。なんで俺が振られなきゃならない訳?キス、しただけじゃん。なんで?泣くほど嫌だったってことかよ。なんだ。結局あいつだって、俺のこと幼なじみとしか見てなかったんだろぃ?


「あ、丸井先輩!」


赤也の声に顔を上げた。球技大会当日、テニスコートはいつもの威厳を無くし、誰でも自由にフェンス内に入れるようになる。次に試合がある奴だとか、体育館に飽きてこっちに来る奴らだとか、とりあえず暇そうな奴らでコートはぐるりと囲まれる。幸村君、内心怒ってるんだろうな。と、まあそういう訳で、俺も仁王やジャッカルと一緒にコート内でフェンスに寄り掛かり、自分の試合を待っていた。そこにやって来た赤也。


「…なんだよ。」
「あれ?なんかめちゃくちゃ機嫌悪いっスね。」
「あー、ほら、あれだ。」
「苗字に振られて傷心中ナリ。」


ジャッカルが空気を読んでごまかそうとしたのにも関わらず、このペテン野郎。つーか別に傷心してねぇ。


「えっ!別れたんスか!」
「んー、まあ。」


純粋に驚いている赤也。あ、そっか。別に赤也は名前のこと狙ってた訳じゃねぇしな。


「なんで別れたんスか?」
「キスしたら泣かれた。」
「え!丸井先輩って名前さんにマジだったんスか!」
「なんだよ、マジって。」
「だって丸井先輩、名前さんのこと幼なじみとしか見てないじゃないスか。好きになったんスか?」
「……。」


視線が痛い。ジャッカルの冷たい視線が突き刺さる。いたたまれない。いや、でもあの時のキスは、なんつーか、我慢出来なかった。俺は顔を俯かせて手で髪の毛をぐしゃぐしゃと崩した。今の顔、こいつらに見られたくねぇ。


「なあ、好きって何だよ。付き合うって何?」


我ながら恥ずかしい。俺は髪をいじりながら返答を待った。仁王が喉を鳴らしながら笑っているのが分かった。くそ。


「簡単なことっスよ。キス出来るか出来ないか、って違い!」
「…キスはした。」


うわ、恥ず。俺は更に身を縮こまらせた。でも分かんねぇんだ。キスしたってやっぱり名前は幼なじみのままで。でも、あの台詞には不覚にもドキドキした。


「甘いのう、赤也は。」
「え〜、じゃあ仁王先輩はどういう定義なんスか?」
「そこはジャッカルが詳しく説明してくれるはずじゃ。」
「俺かよ!」


もう定番になったジャッカルへの押し付け。でも俺が最後に頼れるのは、こいつなのかもしれない。俺は少しだけ顔を上げた。するとジャッカルは困ったように頭を掻いていた。


「……多分、他の男に取られたところを考えてみるのが一番手っ取り早いんじゃねーか?」
「お〜、さすがジャッカルじゃ。ブン太、あれを見んしゃい。」


俺の横で指を差す仁王。その差す方向を目で追うと、俺たちのいるコートの隣の隣で試合をしている女子が目に入った。テニス部の奴と名前だ。やっぱり名前は強い。現役女子テニス部の奴を圧倒していた。そして、1ゲームが終わった時、歓声と共に一人の男子が名前に話し掛けていた。


「……宮本。」


宮本が持ってきたタオルを、名前は笑顔で受け取っていた。なんで。なんで宮本。


「簡単なことじゃき。宮本とヤってる苗字の姿を想像してみんしゃい。」


唐突過ぎる下ネタに、ジャッカルは横で吹き出していた。でも、俺は実際そんなのに突っ込んでいる余裕はなかった。想像、してしまったから。想像、出来てしまったから。俺の部屋で一緒にケーキを食べた日に見た、名前の女としての表情が、思い起こされた。そして脳内を埋め尽くす映像。宮本の下で喘ぐ名前の姿に、吐き気がした。


ガシャン、と音がして、青いフェンスが揺れた。俺は思いっきりフェンスに拳を打ち付けた。


「ま、丸井…?」


気に食わない。ああやって名前に媚びを売る宮本も、いつも俺の隣で見せていた笑顔を簡単に宮本に見せる名前も、ついでに言うと目の前で満足そうにニヤついている仁王も。


「そんなの、許すかよ…!」


出た言葉はそれだった。仁王の言う通り、簡単なことだった。悔しくて、宮本なんかに名前を渡したくねぇ。この気持ちは依存じゃない。明らかに醜い嫉妬だ。名前が笑顔を見せるのは俺だけでいい。名前が泣く理由も俺だけでいい。なんだ、俺、いつの間にか名前のこと、幼なじみとしてなんて見てなかった。かっこわり…


―――


所詮は中三
思春期バンザイ

2012.01.10


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