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いざ日曜日になってみると、少しだけ緊張した。登下校とかはいつもそうだけど、休日に二人きりになることなんてあんまり無かったから。やっぱり、ラケットを持つとブン太の笑顔がいつも以上に輝いて見える。うん、好き。


「何年ぶりだっけ?」
「え、あ、小学校の時以来、かな。」
「そっかー。随分たつんだな。」


ブン太はいつもの立海のユニフォームではなく、ハーフパンツにTシャツという普通の格好をしていた。そして、ラケットを担いで肩をぽんぽん叩いていた。


「じゃ、お手並み拝見。」


ブン太は私から少し離れて、構えた。この公園にはテニスコートがある訳でもなく、ネットもないから高さはよく分からないけど。でもブン太が打ってくるボールを私も返すと、上手いじゃん、と褒めてくれた。何となく、このラリーが終わらなきゃいいな、って思った。


「も、疲れた…」
「お前体力ねーな。」


しばらく打ち合ってから、私は膝に手をついてギブアップした。疲れた。帰宅部がこんなに動けただけで凄いのに。


「ちょ、王者立海テニス部レギュラーと一緒にしないでよ。」
「別にそんな凄いもんじゃねーよ。」


ブン太は私の前まで来て、ガムを膨らませていた。口ではそんなこと言ってるけど、得意げ。可愛いやつ。


「懐かしいね、この鉄棒とかさ。」


思い出の鉄棒だった。中学生になった私たちにはもう小さめな鉄棒。私はそれに座ってブン太を見下ろした。ブン太はそこまで大きい方じゃないから、この小さな鉄棒からはいつもより高低差ができていた。


「おー、これな。鉄柱当ての練習とかここでやったよな。」


ブン太も懐かしそうに目を細め、鉄棒に手を載せた。今でも甦る私たちの思い出。ここで、ブン太を好きだと自覚したんだ。


「私ね、ここでブン太のこと好きになったんだよ。」
「はあ?」


あっけらかんとした表情に少し笑い、私は鉄棒から下りてそのまま寄り掛かった。私がブン太を見上げる。うん。こっちの方が全然いいし、落ち着く。


「ここで…何かしたっけか?」
「うん。妙技が完成した時に、ね。」


薄く笑った。こんな話をしても、困るだけなのに。ごめん、って言おうとした。その言葉が出る前に、私の右側の鉄棒にブン太の手が置かれていたのが見えた。近い。


あれ、って思った。目の前に広がる赤は何だろう、って。何だろう。これは髪の毛だよ。ブン太の目にかかった前髪。呼吸も止まって、時間も止まった。柔らかい、とかそんなことを考える暇もない。誰かが、初めてはレモンの味がするって言ってた。嘘つき。味なんて何もしない。しない代わりに、ブン太がいつも噛んでいるガムの、林檎の匂いがふわりと鼻腔に届く。


なんで?ねえ、なんで?私のこと好きでもないくせに。やっぱり、切原君が言った通り、ブン太は彼氏を気取っていただけなのかな。幼なじみとしか思ってないくせに。もう嫌だ。こんなの嫌。限界だと思ったら、もう止まらなかった。


「……ブン太、別れよ。」


私たちの初めてのキスは、林檎の匂いと塩の味がした。


―――


2012.01.10


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