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切原君は苦虫を噛み潰したような表情を見せていた。でも、ごめん、私今それどころじゃない。ブン太に握られてる左手が熱い。


「何言ってんスか。言い掛かりはよしてくださいよ。」
「言い掛かりじゃねーよ。お前明らかに根に持ってんだろぃ!」


うわ。これまじでやばいって。ブン太と切原君の間にカウンターがあって良かった。殴り合いになっちゃいそうな勢い。でも、切原君にはいいチャンスかもしれない。今まで溜め込んできたんだし。それにブン太も、この様子だとまだ気にしてるんだろうし。だから私は黙って見守ることにした。応援の気持ちを篭めて、少しだけブン太の手を握り返した。


「つーか、ちゃんと引き止めなかったお前も悪いんじゃねーの?今だって見て見ぬ振りしてるし。本当に好きならどんなことしてでも守り切れよ。」


捲し立てるブン太に、切原君は驚きを見せていた。今まで、こんな風に言われたことなかったんだろうな。ブン太も言い切ってすっきりしたのか、ガムを膨らませていた。う、可愛い。


「…そうっスよね…。」
「え。」


私とブン太は同時に声をこぼした。だって切原君が、何も言い返さない。え、いいの?言いたいこと、ないの?


「俺、丸井先輩が俺を傷口に塩を塗るように接するのが嫌だったんスよ。」


しょんぼり言う切原君には悪いけど、私たちは二人して笑いを堪えていた。傷口に塩って逆の意味だから!やば、この子面白い。ブン太なんてもう声もれてるから。普通に笑っちゃってますから。


「ばーか。それを言うなら腫れ物に触るように、だろぃ?傷口に塩って…」


今度はお腹を押さえながら爆笑している。あ、もう堪えるのやめたんだ。


「あ、あれ?傷口?腫れ物?どっちも同じっスよ。」
「あー、笑った笑った。やっぱお前バカだろぃ。」
「九々も出来ない先輩に言われたくないっスよ。」
「なんだと!」


あ、あれ。なんか普通に仲直りしてるじゃん。切原君は普通だし、ブン太も。


「いや、まあ、確かにそういう風に接してたかもな。悪い。」
「…丸井先輩が素直に謝るなんて、気色悪いっスね。いてっ」


ブン太は私の手を掴む方と反対の左手で切原君の頭を叩いた。なんか、じゃれあってる。良かった。ほほえましいよ。


「でも、今度は丸井先輩には取られないっスよ。」
「は?いらねーよ!俺はこいついればいいし。」


時間が止まった気がした。沈黙が流れて、時計の針だけが音を出している。だって、信じられる?ブン太が私を指差して、確かにそう言った。ちょ、ごめん、もう一回言ってほしい。


「ちげー。今のナシ。さて、名前、帰るぞ。」
「えっ、ちょっと」


ブン太に無理矢理引きずられるように図書室を出た。最後に切原君の方を振り向くと、笑顔で手を振っていた。ブン太は私の手をしっかり握って廊下を歩く。図書室のある棟は教室も少なく、人もあまりいない。そんな中、ブン太に手を引っ張られながら歩く。その背中が、愛おしい。


「…ブン太。私のこと、好き?」


足を止め、問い掛けるとブン太は前を向いたまま黙り込んだ。何も言ってくれない。偽りの言葉も吐いてはくれない。でも、それでいいのかもしれない。


「…分かんね。」


それがブン太の本当の気持ち。分かってる。ブン太は私のことなんて好きじゃないの。付き合ってるとか、そんな上っ面な関係なんて、もう


「でも、赤也のとこに通い詰めてるって聞いて、尋常じゃないくらい、ムカついた。」


顔を上げると、ブン太は後ろを振り返って私を見ていた。繋がれた手が熱い。心臓も速く動いている。ブン太があまりにも真っ直ぐに私を見るから。


「…ブン太、好き。」


私の呟いた言葉に、ブン太は照れたように目をそらした。でも確かに顔が赤みを帯びていて。初めてこの気持ちを口にした時のような、迷惑そうな困ったような表情は全くなかった。


―――


なんであたしが書く話はみんなシリアスになるんだろ
たまにはギャグっぽいの書きたい。

2012.01.07


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