26


お昼を一緒に食べる約束をした。率直に、嬉しい。なのに。なのにだ。


「なんで私がっ!」


本を抱え込んで図書室へ向かう。担任に雑用を任された。私お人よしなんだよねー、とか、私断れないんですよね、とかそういうオチはない。私ちゃんと断りました。はっきりきっぱりしっかり嫌です無理ですごめんなさいって言いました。しかし、今日は日直。負けました。ブン太の所に行ってから、少し遅くなるねって言うと、笑顔で待ってるから早くしろよと言われた。嬉しい嬉しい嬉しい。その勢いで図書室のドアを開けると、後悔。


「名前さんじゃないっスか。」


カウンターの向こうにワカメがいた。多分相当嫌そうな顔をしたのだろう。ワカメは苦笑を浮かべていた。私はガラガラとドアを閉め、カウンターの上に本を重ねた。そして一言、返却、と言った。しかしワカメは動こうとしない。
何だこいつは、と目を合わせると、じっと私を見ていた。


「名前さん。昨日はすいませんでした。」


その瞳が真剣すぎて、私は言葉を失った。まさか謝られるとは思わなかったから。


「それから、別れた方がいいとか言ってすいませんでした。」
「…君、本当にワカメ?仁王君が化けてない?」


凄くしゅんとした顔。ああ、この子、普通の後輩なのかな。ワカメって言ってごめん。呼び方切原君に直そう。


「ほんと、すんません。」
「いいよ、別に。切原君の言うこと、間違ってない。…まあ、昨日はびっくりしたし、悲しかったけど。」


自嘲気味に言うと、切原君も同じような表情を見せた。そして本についたバーコードで情報を読み取っていく。


「でも、切原君が必要以上に私に絡む理由がわからない。」


私はそれを眺めながら言った。すると切原君はまたすぐに手を止め、私を見た。


「俺、中一の時にすっげー好きな女がいたんスよ。ちょっとだけ付き合ってたんスけど。」
「へ、へえ、そうなんだ。」
「俺を通して丸井先輩とも仲良くなって、そんでそいつ、実はいつも丸井先輩に色々相談してたらしくて。」
「…。」
「嫌な予感はしたんスよ。で、そいつ丸井先輩に惚れて別れました。」


そんなことがあったなんて知らなかった。ブン太はそんな話してくれなかったし、仲良い後輩がいるって話は聞いてたけど、その後輩の彼女と仲が良かったなんて話も知らなかった。


「で、でもそれって去年の話、でしょ?」


吃ったのは、動揺しているから。少し手が震えている。それを積み上げられた本の陰に隠した。切原君は寂しげな顔を見せた。耳が痛い。胸が締め付けられた。


「…すっげー好きだったからきつくて。やっと前に進めたんスよ。でも、今の彼女も丸井先輩に懐いちゃって。また同じこと繰り返すんスかね、俺。」
「え、それって…」
「テニス部のマネージャーっス。知ってます?」


あのほんわかした子。切原君の彼女だったんだ。なんか、いたたまれない。ブン太にお似合いとか言ってごめん。でも確かにあの子、ブン太と仲良く見える。


「丸井先輩のこと、本当は好きなんスよ、俺。あの人面白いし天才だし優しいしノリはいいし面倒見いいし周りをよく見てる。でも…、俺まだ引きずってんのかな。名前さんにちょっかい出す理由が自分でも分からないっスよ。」


悔しそうに言う切原君。ああ、そっか。私を使ってブン太に仕返ししたいのかな。でも私じゃ役不足だ。いや、でもそうじゃない。切原君はちゃんとブン太のことを慕っているから余計に苦しいんだ。いっそのこと恨んでしまえば、少しは楽になるから。彼も、限界なのかな。だから私なんかに話してるのかな。私の手が自然と切原君の頭に伸びていた。少し俯きかけた切原君の頭を撫でると、驚いたように顔を上げた。


「名前さん?」
「私はね、切原君に感謝してるよ。」
「は?俺に?」
「うん。皆、何も言わないから。私とブン太を見て、幸せそうだねって言う。どこ見てそう言ってるの?、って言い返したくなる。でも切原君は思ったこと、言ってくれるよね。別れた方がいいとか、本当は想い合ってないこととかも、言ってくれるから。」
「…すんません。」


苦笑を浮かべる切原君。私、先輩としてこの子のことを支えてあげたいと思った。


「私には思ったこと言えるんだから。溜め込まないで、ブン太にも思ってること、話してみたら?」


切原君は曖昧に頷いた。


―――


ま、ただ単に昔の赤也の彼女が相談にのってくれてたブン太に惚れちゃった、っていう有り触れた話

2012.01.04


[ 26/33 ]

[] []