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ラリーの後のスポドリは最高だろぃ。やっぱりマネージャー入ってくれて良かった、なんて呑気なことを考えているとテニスコートの周りでは珍しい顔を見付けた。野崎だ。俺は今さっきジャッカルとのラリーを終え、コートから出て二人で休憩中だった。


「な、ジャッカル。野崎いるぜ?」


ジャッカルはこんなナリだけど、結構乙女だと思う。っつーか野崎にベタ惚れ。そんなジャッカルを少し羨ましくも思う。俺だっていっちょ前に彼女がいたことはあった。食べ物もらって、告白されて、断る理由もなくて、付き合って、でも名前との関係は変えなくて、そしたら嫉妬されて、面倒臭くなって、別れる。だいたい同じ。でもジャッカルは一筋で、一年の時から野崎が好きで、やっと告白して、付き合えて。今だってほら、すっげー嬉しそうに野崎の元へ走るだろぃ?俺はそうじゃねえんだ。そんな表情、多分一度だってしたことない。名前にだって見せたことない。そりゃそうか。俺、名前のこと、幼なじみとしか思ってねえもんな。名前はこんな最低な俺の、何が好きなんだよ。意味分かんねえ。


「丸井。」


自己嫌悪で頭を抱え込んだ時、女の声が俺を呼んだ。野崎だ。ジャッカルと一緒にこっちに来たみたいだ。


「ん?」
「さっき名前が具合悪いって、手洗い場に向かったんだけど、帰って来ない。」


心配そうに言う野崎に、俺も嫌な予感がした。何が、って?すぐに周りを見回すと、やはり赤也の姿がない。俺は近くに落ちていたボールを拾い上げて、手洗い場に走った。


俺、ずるい?知ってる。今だに名前の彼氏だっていう自覚はない。じゃあ幼なじみとして?知らねえよ。分かんねえ。でも名前を泣かす奴は許さねえ。俺以外の奴に泣かされる名前なんて見たくねえ。俺は持っていたボールを高く上げ、持っていたラケットで思い切りサーブを打った。


「っ!?」


狙い通り、ボールは名前の手を掴む赤也の手の真横のタイルに当たった。名前の顔もそちらに向いていて、多分目の前でボールを見たんだろぃ。顔を歪ませてこちらを見た。


「な〜んだ、もう来ちゃったんスか、丸井先輩。」
「今すぐ離れろぃ。」


思ったより低い声が出た。赤也に解放された名前がその場に崩れ落ちた。少し震えている。俺はすぐさま駆け寄って、声を掛ける。


「大丈夫か?」


名前はいつからか泣かなくなった。でも最近はよく泣く。今だって苦しそうに声を殺して泣いている。くそ、何しやがったんだ、赤也の野郎。


「丸井先輩、彼氏気取りっスか?」


名前の傍らに立っている赤也を睨み上げた。そして視線の高さを合わせようと立ち上がろうとした時。名前に腕を掴まれた。泣き顔を俯かせたまま、必死で首を横に振っている。


「…可哀相っスね。」


赤也はそれだけ言って立ち去った。分かってる。俺らが両想いじゃないってこと。名前は本気だけど俺はそうじゃないってこと。


俺は泣きじゃくる名前の頭を撫でてやることしか出来なかった。抱きしめてやれない俺は、本当に名前の彼氏って言えんのか?


―――


2012.01.04


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