20


放課後の教室は静かだった。六月半ば、三年になって変わったこの教室にも、毎日放課後まで残っていれば慣れてしまうもので。この教室にブン太はいないけど、この教室で考えていたことはブン太のことばかり。でもそれも今日で終わりにしよう。ブン太は気まずくならないように頑張ってくれたけど、私がこんな感情なんかを持っているから、その努力も水の泡。馬鹿みたい。幼なじみだからって私だけ浮かれて、私だけ恋に堕ちて。あ、また泣きそうだ。あの鍵はちゃんとブン太の手に渡ったのかな。そんなことを考えた時、教室のドアが開いた。


「苗字さん?泣いてるの?」


宮本君はずるいと思う。私が悲しい時には、いつも私の所へ来る気がする。まりなが、あいつは絶対名前が好きだよ、って言ってたけど、どうでもいいんだよ。宮本君はサッカーのユニフォームを着ている。


「宮本君、部活は?」
「んー、休憩中。」


困ったように笑う宮本君。どんどん近付いてきて、私の机の傍らに立った。私の顔を覗き込み、泣いてないことが分かったのか、よかったと呟いた。


「何してるの?また丸井待ち?」


宮本君は自嘲気味にそう言った。違う。ブン太なんて待ってない。鍵返したんだから。もう幼なじみもやめるんだから。私はふるふると首を振った。すると何故か沈黙が襲った。用がないなら帰ってほしい。一人にしてほしい。


「あのさ、苗字さん、俺」


ガタンという音を立てて椅子から立ち上がった。何を言われるのか、分かった気がしたから。自意識過剰かもしれない。でも今なにか優しい言葉を掛けられたら、私は駄目になる。何かが崩れてしまうから。だから少しだけ微笑んで、宮本君に向き直った。


「私、そろそろ帰るね。」


教室を飛び出してから、ごめんごめんと何度も呟いた。私は走って昇降口に向かった。とぼとぼと中庭を通ってテニスコートとは反対の西門へ向かう。一人で帰るなんて初めてだ。歩きだと、疲れるし。何よりブン太がいない。その時、門の直前で頭に強い衝撃が襲った。


「いった!」


何事かと振り向くと、少し離れた所で赤い髪が目立った。走ってきたのか、喘ぎながら肩を上下に揺らしている。私の足元にはテニスボールが転がっていた。


「ブン太…」


ブン太は怒っているように、速足でずんずん私に近寄った。私は何もできなくて、足元のボールを拾い上げた。途端に涙が溢れてきた。ボールの上に滲みが出来た。ブン太は私の目の前で足を止めた。


「…う、う〜」


溢れ出る涙を両腕でごしごし拭った。涙でブン太がよく見えない。怒ってるのか、笑ってるのか、悲しげなのか、全然見えない。ブン太は私の腕を掴んだ。擦るな、ということだろうか。優しく指先で涙を拭いた。その行動にまた悲しくなる。そして感情までもが溢れ出る。


「ブン、太…っ、好き…」


嗚咽混じりの告白。でもブン太は止まらない涙を拭いてくれて。微かに見えた表情は、いつもより穏やかで、優しく微笑んでいた。


「…俺も、好きだぜ。」


ブン太は優しくて、やんちゃで、なのにしっかりしていて、時に自己中で、時に強引で、でもそれは全部私のことを思ってのことで、そんなブン太を好きになった。でも彼は時に残酷で。


「付き合おっか。」


ブン太の気持ちを見ない振りをして、幼なじみという関係を利用して、ブン太が私に依存しているのをいいことに、私はブン太の言葉に頷いた。最低だ、私。


「ほら、もう泣き止めって。」


優しく頭を撫でてくれるブン太の手が、一生離れなければいいと思った。


―――


2011年最後の話がコレ

2011.12.31


[ 20/33 ]

[] []