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ブン太の家から飛び出した後、私は泣いた。大声で、涙をボロボロ流しながら、泣いた。後で鏡を見れば目が真っ赤で、汚い泣き顔が写っていた。


ブン太は至って普段通りだった。昔から何も変わっていない。私だって昔はああいう風に取ってもらったら、ありがとうって言えた。それを言えなくなったのは、私が変わったから。私のブン太への感情が変わってしまったから。こうなったのも、全部私のせいだ。


昨日の今日でちゃんと来てくれるのかな、って不安は、朝起きてすぐに消え去った。ブン太は何事もなかったように、6時半には私の家の前にいた。そしていつも通り、笑っておはようと言った。


ブン太は何も変わらない。私が恋に堕ちたって、気持ちを伝えたって、これから先もずっと、何も変わらないんだ。だったらさ、こんなに切ない思いを胸に、ブン太の隣にはいられない。諦める。ブン太のことはもう諦める。それでいいんじゃないかな?そしたら、私もブン太も前と変わらずに“幼なじみ”をやってられる。


「いい訳ないでしょ、馬鹿。」


辛辣なお言葉をくださったのは凜子。B組からはるばる私のクラスまで来てくれて、前の席に座って後ろを向いている。でも多分本当の目的はジャッカル君に教科書借りるためだけど。私たちは昨日の今日でもう仲良し。清々しいくらいだ。


「もういいんだって。私じゃダメだよ。」
「じゃあ誰ならいいの?」


少し考えた後、ブン太の隣に似合う女の子を想像してみる。小柄でふわふわして儚い感じのする子。そしてそれがピッタリ当て嵌まる子が一人だけいた。


「…テニス部の新しいマネージャーとか…。」


言ってて悲しくなった。だってあの子がブン太の隣にいるのを思い浮かべると、凄くしっくり来る。そこにジャッカル君が現れた!あれ、ドラクエみたい。


「いや、あいつはないだろ。」


部活ではいつも一緒のジャッカル君がそう言ってくれてよかった。私は部活の時のブン太をよく知らないから。


「そう?こないだいい感じだったんだよ。」
「でもあいつはない。絶対ない。」


ジャッカル君の自信満々の発言に微かに自嘲がこぼれた。


「…でも、やっぱり私じゃ駄目だ。」


独り言。聞こえたのか聞こえなかったのか分からないけど、二人は揃ってこちらを見ていた。さっき渡されたばかりのポケットの中の鍵を、強く握りしめた。そしてその手を取り出し、ジャッカル君に突き出す。


「これ、ブン太に返しといて。」


ジャッカル君は私の手の平の上にある鍵をじっと見つめた。そして私の目を見た。私はそれを動揺することもなく真っ直ぐ見据えた。一つ溜め息をつくと、鍵を取ってくれた。


「…いいんだな?」


私は力強く頷いた。いいんだ。もう、いいんだよ。


「わかった。部活前に渡しておく。」


手の平から鍵の重みが去って行った。


―――


皆さんよいお年を

2011.12.31


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