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俺が宿題を写す間、名前は俺の部屋を片付けていた。片付けるっつっても、床に散らばったお菓子を隅に寄せるだけだけど。背後でごそごそ音がして、集中出来ない。


「名前、」
「んー?」


振り返って名前を呼ぶと、名前もこっちを見た。口角が少しだけ上がっていて、楽しげだった。俺は宿題に目を戻した。こいつが楽しそうだと、俺も…


「うわあ!」


声に名前の勢いよく振り返ると、顔を真っ赤にして雑誌を持っていた。マジか。ベタな展開。もっとちゃんと隠しときゃよかった。


「それ仁王の。明日返すから鞄に入れといて。」


そしてまた宿題に戻る。駄目だ、全然集中できねえ。しょうがねえから先にケーキ食うか。と思って椅子から立ち上がった。って!後ろで名前が恐る恐るさっきの雑誌の中身を覗いていた。俺は瞬息で雑誌を取り上げた。


「あ、ちょっと!」
「勝手に見んな!つーかケーキ食えよ。」


雑誌を鞄に押し込み、テーブルの前に座った。すると向かいは恥ずかしかったのか、名前は俺の左側に座った。なんか離れすぎじゃね?、って思ったけど、最近名前との距離感が分からない。


「あ、おいしい。」


名前は俺の焼いたケーキを頬張ってそう言った。こんなこと、今までに何回もあった。俺がケーキを焼いて、俺の部屋で名前と二人でそれを食う。いつものことなのに、なんか凄く心が穏やかで、逆にこの空気がくすぐったくもある。ケーキを食べながらその理由を考えたら、すぐに答えが見付かった。名前に告白されたからだ。こいつが俺のことを好きだと言ったから、こんなにも調子が狂うんだ。俺は小さく溜め息をついた。


「ブン太、今日のケーキいつもと違う。」
「ん、まあな。次の海原祭に向けての試作品だから詳しくは言えねえけど。」


ふーん、と言う名前をちらりと見ると、右の頬にクリームがついてる。なんでそこに付くんだと若干疑問に思いながら、それを指摘した。どこどこ、と言いながら、左頬を触っている。こいつ、馬鹿だろい。


「ったく、じっとしてろよ。」


俺はテーブルに手をつき、名前に近付きクリームを舐め取った。別にたいしたことじゃない。だって昔もそうやっていたから。口内に甘いクリームが広がった。


「……っ」


また元の位地に戻ると、名前は顔を真っ赤に染め上げ、涙目でこちらを睨んでいた。女の顔だった。俺が今まで見たことのないような名前の顔。心臓がドクンと大きく鳴った。


「あ、わりぃ…」


慌ててそう言うと、名前は部屋から飛び出した。それからお邪魔しました!、という声と同時に玄関のドアが閉まった。俺は名前の食べかけのケーキを見て、もう一度だけ大きな溜め息をついた。


昔できたことが今はできない。幼なじみの名前はどんどん離れて行くんだ。あいつとの距離感が分からない。どこまでが幼なじみとしてしていいことなのか。どこからが恋人同士でするようなことなのか。境界線が曖昧過ぎて俺には分からない。


さっきの初めて見た名前の表情が、脳裏に焼き付いたまま消えない。


―――


おめでとう大晦日!

2011.12.31


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