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ベッドの上でごろごろと雑誌を読んでいると、机の上の携帯がけたたましく鳴った。メールなら後でいいや、とページをめくったが、やけにバイブが長い。電話か。ベッドから立ち上がり、携帯を手にするとディスプレイに表示されたのはブン太の名前。こんな時間に何の用だろう、と思いながら通話ボタンを押した。


『遅い!3コールで出ろい!』
「切るよ?」


偉そうな発言に私がそう言うとブン太は、まあまあ待て待て落ち着け落ち着けと慌てて言った。可愛いなあ。


『5分以内に数学の宿題持って俺んち来い。』
「は、はあ?」


何勝手に言ってんの、こいつ。腹立つわ。でも、振られて以来ブン太の家に行くのは初めて。結局、行っちゃうんだろうな。


『5分以内に来ねえとどうなっても知らねえからな!』


と言って電話が切れた。どうなるんだよ!、と内心突っ込んだが、先程鞄の中に入れた宿題のノートを持ってそそくさと家を出た。私の家から15メートルほど歩いた所にあるのが丸井家。少し緊張しながらインターホンを鳴らすと、中からトタトタとかわいらしい音がして、勢いよくドアが開いた。


「名前〜!」


私に抱き着くのはもちろんブン太じゃない。ブン太の弟たちだ。歳が離れているため、ブン太も弟を可愛がっている。


「久しぶり。」
「兄ちゃん最近名前連れて来ないから!」


私の腰くらいまでしかない身長で、手を引っ張られた。く〜可愛い!可愛いぞ、弟よ!


「名前!早く来いっ!」


リビングの方からブン太の怒鳴り声がして、手を放った。なんでそんなに機嫌が悪いんだ。リビングにお邪魔すると、テーブルの上にケーキと紅茶が並んでいた。え?この時間にティータイム?今もう9時だよ?


「名前ちゃん、いらっしゃい!」
「あ、おばさん、お久しぶりです。お邪魔します。」
「ブン太がね、ケーキ焼いたから名前ちゃんにもって。」
「んなこと一言も言ってねえっ!」


ブン太はケーキを載せた皿を両手に持ち、リビングのドアを足で開けた。きっとブン太の部屋で食べるんだろう。私は二人分の紅茶を炒れてもらい、ブン太の後を追って二階に向かった。


ブン太の部屋は前と変わらず、お菓子ばっかりが転がっていた。踏まないようにそれを避け、小さなテーブルにコーヒーカップを置いた。それにしてもブン太が私にケーキ残してくれてたなんて。いつもは私の分も作ってくれても、我慢できなくて食べちゃうくせに。でも今日はちゃんと残しておいてくれたんだ、と少し嬉しくなった。


「5分で来なかったから先に残しとく必要なかったんだけど。」


ブン太は勉強机に座って私に背中を向けている。なんかもぞもぞ喋ってる。らしくない。


「けど今日は元気ないかと思ったから…残してやったんだよ!」
「……口に出てた?」


ブン太は振り返り、出てた、と頷いた。独り言として出ていたらしい。恥ずかしい。でもブン太も少し照れてる。胸がくすぐったい。


「宿題貸して。」


照れ隠しの言葉だってすぐに分かった。分かったけど、私も恥ずかしかったからノートを貸し、私は床にぺたりと座り込んだ。


―――


2011.12.30


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