財前が不足


光が、教室のドアのところにいた気がした。


「ん?名前聞いとる?」
「う、うん…なに?」
「せやからー、プリンになっとる?最近あんま染めてへんのやけど。」
「見えない。」
「ん」


光が、いた気がしたのに。謙也の髪の毛がプリンとか興味ない。切実に。でもしょうがないから頭をこっちに近付けた謙也の髪の毛を見てあげた。


「うわ、べとべとしてる。」
「ワックス付けとるもん。」
「あっそ。まだ大丈夫っぽいよ。」
「ほんま?おおきにー!」


謙也の髪の毛見てるうちにいなくなったのか、それとも見間違いだったのか。何故か髪の毛の自慢をしている謙也を放って、少し肩を落とす。せっかく光と付き合えたって、いつも隣にいるのは謙也。たまに蔵も。二人とも好きだから別にいいんだけど。欲を言えばもっと光といたい。学年が違うってだけで全然会えない。


「なー名前聞いとるん?」
「えっ、あぁ…」
「聞かんでええっすわ。」


椅子に座ってるあたしの頭上から、愛しい声が降り注ぐ。反射的に振り向くと、やっぱり光がいた。


「ひかっ!」
「名前さん、ちょお来たってください。」


座ったままの私の首を、光は後ろから掴んだ。ちょっと痛いんだけど。そして一度グッと力を入れてから、手を離した。


「はよ、来い。」


低くて重い、不機嫌丸出しの声。私は慌てて光の背中を追い掛けた。背中からどす黒いオーラを放つ光に、冷や汗。三年のフロアから更に階段を上る。二年は一つ下の階なのに。


「光、どこ行くの?」


恐る恐る尋ねてみると、突然振り返って手首を掴まれた。一瞬の出来事。と、同時に背中への衝撃。


「い、た」
「何してんねん」


ぎり、と音が出そうなくらい強く手首が圧迫されてる。目を開けると、光はさっきより不機嫌になって、鋭い眼光をこっちに向けている。


「痛い、よ…光」


壁に追いやられて、でも別に退路を断たれた訳じゃない。手首を握るだけで、もう片方の手はポケットに突っ込まれてるし。けど、


「なに謙也さんの頭触ってんねん」
「っ…いた」
「…この手、使えへんようにしたろか?」


更に強まった力に、思わず顔を歪ませた。握力強いんだし、ちょっと手加減してほしいのに。でもそれどころじゃない。本当に、痛い。それに人があまり来ないと言えど、階段だから。下から誰か上ってきたら、もうおしまいだ。そんなことを考えていたら、突然光が手を離してくれた。と、思ったのに、


ガンッ


ひ、と思わず声がもれた。視線を左下に動かす。光が、足で壁を蹴った。私の、真横。


「考え事?随分余裕やな?」


上から覗き込むような光に、もう言葉は出てこない。少し笑みを浮かべて、でも目が怒ってる。恐い。恐いけど、ドキドキして。


「俺、怒っとるんやけど?」
「ごめっ、」


すると、壁から足をどかして、今度はポケットから手を出した。


「わざわざ三年とこまで来たったのに、気付かん振り?見んかった振り?」
「え、あ、やっぱりさっきの」


光なんだ、って言葉は、光に飲み込まれた。話し途中になんて、本当にずるい。開けっ放しだった口。光は遠慮無しに舌を差し入れてきた。反射的に後ろに下がろうとしたけど、後頭部が壁に当たっただけだった。


(な、なんでそんなに怒ってるの…?)


寂しかったのは私も同じなのに。謙也の髪の毛触ったから?機嫌を損ねないように、光の這い回る舌に自分のを絡めながら、縋るように制服を掴んだ。


「ん、」


すると、ちょっとは機嫌を直したのか、光は更に距離を詰めて来て、ますます息苦しくなった。意思を伝えたくて、制服を掴んでいた手で叩いてみても、その手をとられてさっきみたいに手首を握られるだけで。限界を感じて、うっすらと目を開けた。光も閉じてると思ったから。でも、違った。


「はっ、ひか」


光はこの至近距離で目を開けたまま、じっと私を見ていた。身体中の熱がぐんと上がる。私はまた強く目をつぶったけど。でもあまりに恥ずかしくて無意識に光の舌を噛んでしまった。


「…いったー」
「ご、ごめん。」
「噛まれるとは思わんかったわ」


ふ、と笑いながら見下ろしてくる光に、少し安堵。さっきみたいな冷たい視線じゃなくなって。相変わらず近いんだけど、目の前で光が笑ってくれると、すごく安心できる。


「名前さん、謙也さんの頭触らんといてください。」
「え…?う、うん」
「見えへんかった振りすんのも嫌やった。」
「…私も、一瞬光がいたと思ったんだよ?」
「やったら来ればええやろ。」


また少し不機嫌になって、今度は肩に手をおいて、首筋に顔を埋めてきた。正直、光がこんなにべたべたしてくるのは珍しい。


「最近会えへんかったし、名前さん不足っすわ」
「光、可愛い」


そっと頭を撫でてみたら、光は「調子のんなや」って言って、首筋に鋭い痛みを感じたけど、まぁいっかって思っちゃうくらい、私も光不足だったんだね。


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昨日壁ドンが流行っていたので(笑)
しかしなんか微妙だな(´・ω・`)

2012.06.11


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