ちょっとだけ


階段の踊り場は俺のお気に入りの一つや。みんな東側をつこてるから、西側の階段は人口密度がちっさい。踊り場の窓は開け閉め自由で、頑張って身を乗り出せば落ちるんとちゃう?ってくらいの高さにある。


入学早々、あのクラスが少し憂鬱やった。気を許せるテニス部は早苗以外おらへんし、休み時間ごとにだれだれのモノマネやってや、って俺を囲むやつら。中学んときもそうやったけど、今は状況がちゃう。何たって小春がおらへんのはでかいやろ。モノマネやってや言われればやってやったり、小春と漫才したりしとった。せやけど、俺単体でみんなの相手はきつい。五月には全国お笑いIQテストあるし、七月にあるS-1GP予選のネタ作りとかせなあかんし、俺もいろいろ忙しいんじゃ。笑かしたもん勝ちやけど、もう負けでええかな。なんて俺らしゅうない考えに嘲笑を浮かべた。窓から入り込む風は、ポカポカで春の匂いがした。


「折原さん。」


あれ?なんや、窓から下を見ると、早苗の頭が見えた。なんであんなとこおんねん。けど、そこにもう一人男子がおって、あぁ告白かって分かった。窓枠においた俺の拳に力が篭った。


「来てくれておおきに。」
「べつにえぇけど。何の用?」


相変わらず冷たい言葉。早苗は昔からモテとった。白石と並んでも引けを取らへん。や、それは言い過ぎか。とりあえず昔からよく告白されとって、俺が遭遇することも少なくなかった。せやけど、それを邪魔したことは一度もあらへん。本当は邪魔したかった。早苗が告白相手を選ぶっちゅー考えは全くあらへんし、振られることは明らかやったけど、なんでやろな。俺は結局伝えられんまま終わった想いやから、それを伝える男たちを邪魔する資格なんて、俺には。なんて自虐的に考えとった、そん時や。


「ささ早苗ちゃんっ!」


弥栄が現れた。なんでやねんってツッコミ入れたなったけど、ぐっと我慢。ちゅーか早苗いま告白されとんの見て分からへんのか。ほんま空気の読めへん馬鹿女やな。


「舞?」
「ああのねっ、白石くんが、探してたよ…!」


あ、ちゃう。こいつ、分かっとる。わざと空気読めへん振りして逆に空気読んどる。普通こない場所で白石の名前出せへんやろ。仮にも、今から告白現場になるような場所で。


「ほんま?ちょおあたし行くわ。ごめん」


早苗は校舎に戻ってく。弥栄は見事邪魔したっちゅーことや。俺が出来ひんかったことを、まだ出会って間もないあいつは、簡単にやってのけた。悔しい、なんちゅーもんやないで。


「自分、折原の金魚のフンやろ?」


男の声は確かに、俺にも聞こえた。告白出来ひんかった腹いせにそれか。まぁ妥当やな。せやけど、弥栄は案外打たれ強いで。俺が嫌い言うても、どんなに睨んどっても、あんま傷付かへんしな。


「最低やな。」


はっきりそう言うて、男は立ち去った。っちゅーか、なんで言い返せぇへんのや。あーイライラしてきよった。告白の邪魔とか、俺が出来ひんことさらっとしよって、弥栄は思とったよりぐじぐじしてへんのか思ったんに、んなことあらへんな。やっぱりあないグズ女、大嫌いなタイプや。


俺は窓を閉めた。バタンと音がして、下にいる弥栄と一瞬だけ、目が合った。


…けど、あれやな。ちょっとだけ、ほんまにちょっとだけ、見直したんや。


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両視点書くのって大変

2012.01.29


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