何この緊張


夏の夜は結構好きやったりする。誰もおらん廊下とか、微かに聞こえる羽虫の音とか。とりあえず空気は綺麗やし、落ち着く。はずなんやけど。


「えっと…な、夏なのに、ちょっと寒い…ね?」


激しく落ち着かん。隣をちょこちょこ歩く弥栄も、そわそわした感じで話題を提供してくる。


「…手ぇ繋ぐ?」
「ええぇっ!?」


予想以上の慌てように、ちょっと不服。「ウソ。本気にすな」言うて睨みを効かせてみると、弥栄があたふたし始めて、思わず笑ってもうた。


「はよ買って帰るで。」
「うっ、うん!」


弥栄の緊張がありありと伝わってきて、俺も肩がちがちやわ。こないなタイミングで手とか触れても(あ、や、触れたいんやなくて、たまたまぶつかったらっちゅー意味やで!)気まずいだけやし、ちょっとだけ距離をとった。


夜遅いし、ラウンジは閑散としとった。夜遅くに出歩いとったら合宿と言えどオサムちゃんに見付かったら怒られる気ィするわ。せやからはよ買ってはよ戻るんが得策やと思ったんやけど。戻ったら戻ったで、さっき同様謙也が弥栄の周りを犬のようにワンワンキャンキャンするんやろうなって考えると、げんなりした。とりあえず小銭を自販機に入れて前に立ったんやけど、さっきの注文全く聞いてへんかったせいでボタン押そうとした手が止まった。弥栄がついて来るんやったらちゃんと聞いとくべきやったな、となんやかっこつけとるような自分にドン引きや。記憶の片隅からさっきの会話を引き出そうと頑張った。


「えーっと、緑茶と…コーヒーと…」
「緑茶二つだよ!」


弥栄は頼まれたモンをすらすらと口にして、俺は言われた通りにボタンを押すだけやったけど。あんなん覚えられたんか。ちょっと…凄いと思うたわ、さすがに。


「…お前、ようあんなん覚えられたな。」


取り出し口の前に座り込んどる弥栄を見下ろした。あ、これ上目使いや。そう気付くと、思わず視線をそらしてしもた。あかん。具体的に何があかんのかよう分からんけどな。確かに小春の上目使いはほんまにかわええ。そんなん周知の事実やけど。今の弥栄がかわええなんて断じて思ってへんけど。なんや、いきなり暑うなってきたな。


「……弥栄は?なんか飲む?」


咄嗟に話題と自分の思考を変えた。なんや飲みたいっちゅーなら、買ってやってもええかな。なんて珍しく俺が思ったのに、弥栄は喉渇いてへんって。空気読めや、アホか。


「あ、アイス!」


このまま直帰やと内心肩を落としたところで、弥栄の声が聞こえた。本人は無意識なんか、自販機を食い入るように見つめとった。


「食いたいん?」
「え、でも、財布置いて来ちゃったし…」
「ええよ、そんなん。どれ?」


ラウンジのテーブルにペットボトルを置いて、アイスの自販機の前に立った。小銭を取り出して自販機に入れてまえば、もう戻れんやろ。弥栄は横でうじうじしとったから、わざとらしくどれ買おっかなっちゅーて俺が迷っとる振りをすれば、簡単に引っ掛かったわ。


「…お、押しちゃった…」


申し訳なさげに眉を寄せとるんが分かって、ため息をついた。いつまでこいつはうじうじしとるつもりや。一発ぶん殴りたなったけど、弥栄やからしゃあないな。なんて。


「…気ィつかわんでええから。」


アイスを渡して、一発頭をはたいとく。ええ加減、胸張って堂々としてもらいたいもんやけど。そない弥栄を想像したら笑えるわ。近くのソファーにどかりと腰を下ろせば、弥栄は向かい側に座った。なんや、向かい側って、真っすぐやな。真っすぐ前に、見えるんやな。弥栄と話す時は隣にいることが多いせいか、こういうんは新鮮やと思う。


「あ、あの…?」
「ん?」
「何かついてる…?」


しもた。見すぎや自分!なんや最近、俺気持ち悪ない?薄々感づいとったけど。話題を変えようとして口開いたら、


「……謙也と、」
「え?」
「…や、何でもあらへん。はよ食え!また早苗になんか言われるやろ。」


謙也のことそないに気にしてるんか、俺は。こんなんまるで。自己嫌悪に陥って、次こそ話題変えよ思うたら、さっき廊下で見掛けた花火のポスターのことを思い出した。けど分からん。自分の気持ちが分からん。弥栄と二人きりで花火行きたいかっちゅーと、正直そうでもないんやないやろか。きっとまたこいつは遠慮やなんやって、うじうじしとるんちゃうかな。けど、弥栄が喜んでくれたらええかなって。喜んでくれたらええなって。そんなふうにまで思った。


「…なぁ」


心臓が自分のモンやない気がするほど、うるさいわ。まるで俺とは別の一個の生命体なんやないかって。バクバクと耳の奥に張り付く音が離れん。喉がからからで目の前のペットボトルを開けたなったけど。とりあえず、言わな。


「明日、近くの神社で祭あるんやて。」


渇ききっとる口ん中にたまった唾を一気に飲み込むと、ゴクリっちゅー嫌な音がする。俺が緊張するはずないやろ。この俺が、弥栄を誘うだけやぞ。手に握る汗がべとついて気持ち悪い。拳を開いて手の平の汗を拭くようにズボンに擦りつけた。


「一緒に行かへん…?」


言えた。この達成感、ありえへんわ。けど次に来るのは不安やった。断られるかもなんて俺らしゅうもない不安が頭に過ぎる。


「…は、はい。」


けど弥栄は俺の期待を裏切ることなく頷いてくれた。肩の荷がするするって落ちていくような、そんな感じや。思とったより安心しとる自分がおって、恥ずかしなってちょっと笑ってもうた。少しはにかんだ感じで。顔が火照るわ。ああ、誘ってよかったわ。


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約8ヶ月ぶりの更新です…

2013.02.10


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