人生ホレたモン負け


「…弥栄?」


確かめるように。やって自分の目、信じられへんもん。微かに声が震えとるの、気付くか?あ、気付いてへんやろな。弥栄もなんかテンパっとる。


「あっ、あのねっ」


こいつがおらん間、いろんなことを考えて、想って、決めたはずやった。けどそんなん全部どっか行ってもうて、俺の頭は真っ白。俺、いつもどない感じで話してた?あかん、分からん。そない複雑に考えられへん。やって、今の俺は単純明解。弥栄が帰ってきて嬉しい。もうどこにも行ってほしない。ずっとここでマネージャーやっとればええやん。俺はいつだって素直で、素直過ぎるとこが逆に短所やった。今更、自分を抑える必要なんてあらへんのやないかな。もう、身体が勝手に動いとる。


「おみやげっ…」


足が勝手に、腕も勝手に。流れる景色は、異常にゆっくりやった。下の方で、どさりと荷物が地面に落ちる音がした。


「えっ…」
「昨日、メールごめん…」


そないなこと言うために、抱きしめた訳やない。思とったより、見た目よりずっと細っこくてちっさい身体。大嫌いやった、ぐず女。俺の腕の中で、少し身じろいだ。


「…すまんかった」


今なら、言えそうな気ィするわ。


「………な、に」
「行かんといて…」


顔見えへんからって、卑怯やな、俺。でも、見えへんでも鼓動は激しい。弥栄に聞こえてまうかもしれん。俺のアホみたいなプライドなんや、気付けばとっくに消え去っとった。


「え…?」
「大阪に、おればええやろ」


言ってから、腕の力を強めた。ぎゅう、って効果音がつきそうなくらい。腕を掠める弥栄の髪が、妙にくすぐったいわ。好き。行かんで。俺のそばにおって。そんで俺を支えて。俺も支えたるから。好きやから。今まで認めたなくて、気付かん振りして、そない言葉がぽんぽん頭に浮かんだ。


「嫌いとか言うてごめん」
「う、そ…」
「…前は、ほんまに嫌いやった。けど、…」


弥栄も、俺んこと嫌いんなったか?愛想尽かした?もうちょい待って。言うから、ちゃんと言うから。早苗も小春も、言うたよな?俺は最後の最後まで隠す、って。その通りや、イチミクロンもまちごおてへん。けど、言うから。弥栄が転校決める前に…


「ずっ、き」
「は?」


「き」ってなんや。っちゅーか鼻水啜っとる音がする。泣いとんのか。そいや、弥栄は菊丸との約束のせいで泣けへんかったんやっけ?俺の前では、って言うたん、ちゃんと覚えてるんやな。俺は弥栄から腕を離し、目線を合わせるように屈んだ。


「あー、ひどい顔」


ふ、と笑ってもうた。今までになく大泣きで、涙も鼻水も垂れ流し状態や。や、鼻は頑張って啜っとるけど。俺はワイシャツの袖で弥栄の目元を擦った。こんなん、前にもあったな。あん時、こいつに背中押されたんやっけ。今更やけど、早苗と白石と今まで通りにやれとんの、こいつのおかげなんやな。なんて思い出したりして。


「す、き…」


弥栄は俯きながらも、言うた。や、今、絶対言うた。なんかとんでもないこと言うたやろ。なに、幻聴?聞き間違い?空耳?嘘や。ありえん。ありえんわ。やって、あれ、菊丸のやつは?え、ちょお待って。なに?不確かなのに、どんどん血の巡りがはやなってく。落ち着けって、ほんま。どんどん、顔が熱くなる。あかんあかんあかん!そん時、弥栄がゆっくり顔を上げた。


「ちょっ、見んな!」


涙を拭いた制服の袖から手を出して、咄嗟に弥栄の視界を塞いだ。やって、今見られたらあかんやろ。顔中熱いし。絶対赤いんやろな…俺、カッコ悪。けど、俺の手の下に隠れとる弥栄も赤なっとって。幻聴でも聞き間違いでも空耳でも、ないんやろ。


「…俺も、やから」


これが精一杯やったのに。「え…?なに?」って。言わせるつもりかい。でも、言わな。隠してなんておれへんわ。


「俺も、好きやねん」


言ってから、さらに鼓動が激しなった気ィする。どないなってまうんや、俺。弥栄が何か言う前に、俺はいつものごとく頭をばしっと叩いた。


「調子乗んなボケ!」


完璧に照れ隠しや。けど、この方が俺らしいな。弥栄をおいてすたすたと部室に歩く。心臓ドクドク言っとるけど達成感ハンパないで。


「まっ、待って!」


たたっ、と微かな足音の後、弥栄は横に並んだ。今、顔見られたないのに、こっちを見上げとる。


「一氏くん!」


その笑顔に、胸がほっこりした。俺、短期間ですごい変わりようや。まさか、こないやつ好きんなるとは思わんかった。ほんま、人生ホレたモン負けやな。


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だろいを聴きながらの執筆

2012.04.20


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