五里霧中


びっくりした。まさか弥栄が待っとるなんて思わんかったから。


「傘、入れてあげる。」


ちょっと笑っとる。意味分からん。むかつく。っちゅーか頼んでへんし。俺は冷たく「いらん。」って言い放ち、傘から出て行こうとした。けど、すぐに腕を掴まれてそれは叶わんかった。制服越しで体温なんて伝わってけーへんけど。腕を掴んだ弥栄の手はすぐに離れて行った。呆気なく簡単に離れる。それだけやのに、なんちゅーか胸がズキッと…?


「…風邪引いちゃうから。も、もうすぐ地区大会だし…」


あたふたと目を泳がせとる。何としても傘に入れたいんか。こいつもほんまに変わった奴や。俺が嫌っとること、ほんまに知っとるんやろな。ちょっとは気ィ強なったかと思えばまたぐじぐじ。「俺出ーへんから関係ない。」って言えば、弥栄は想像以上に落ち込んだ…んかは分からんけど、口をつぐんで唇を噛み締めた。そないな表情見たって、俺は別に何とも思わん…はずやったのにな。最近自分がおかしいわ。なんや弥栄に甘なっとる気がする。


「……ん。」


しゃあないから持ったるわ言うて半ば強引に傘を引ったくった。


「傘。持ったるから、貸せ。」


信じられない、とでも言うような弥栄に若干イラッときて頭を叩いた。むかつくから置いてこ。踵を返して校舎に向かって歩きはじめると、弥栄はすぐに追いついてきよって一緒に傘に入った。な、何なん、この距離。多分今までで一番近いんやないかな。俺より頭一個分ちっさい身長。隣で肩が揺れとる。うっわ、なんや顔熱なってきた。沈黙が痛い。雨の音しかせえへん。はよ校舎着けや、とか思いつつ、けどこの時間がずっと続けばええなぁ、なんてどっかで考えとった。


何も話さんまま校舎に到着、そんで沈黙保ったまま教室に向かった。もう何話してええんか分からんから、ラケバしょって帰ろうか。あ、せや、白石と早苗のことちゃんと報告した方がええんかな。一応、向き合うきっかけをくれたんは弥栄やったんやし。


「弥栄、」


そーいや、俺弥栄の名前呼ぶん、慣れてへんわ。いっつもおまえとかこいつやったからな。ちょっと緊張しつつ、なぜかドアんとこでぼーっと突っ立っとる弥栄を呼んでみた。肩が少し揺れた。身構えとるんが手に取るように分かる。


「…おおきに。」


ほんまに、感謝しとったから、そう言ったまでで。別に他意はあらへんのに。なんで、って聞くことも出来へんくらい口ん中カラカラで。俺、どないすればええん?せっかく、ちょっとずつやけど認めてやったんに、もう別れはすぐそこ?嘘やろ?


「一氏くん、わたし…東京に戻るよ。」


時間が、止まった気がしたんや。


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遅くなってしまってすみません…

2012.03.31


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