誰がために


少し、寒なってきた。けど、もう何もしたないねん。友達二人も、一気になくすんかな…。今までの俺の努力は、虚無に終わったんか。


そん時、雨が止んだ、気がした。


「ひ、とうじくん」


どっかで、期待しとったんかな。もう帰った思たけど、まだ学校おったんか。なんや、今もうめっさ泣きそうなんやけど。恐る恐る顔を上げると、走ってきたんか弥栄は息を荒げながら傘を持っとった。


「一氏くん、風邪引くよ…」


泣き、そ…ほんまに、やばい。俺は再び俯き、その場にうずくまったまま、動けんかった。すると不意に頭に何かが載っかった。縦横無尽に動き回るソレ。あ、ハンカチや。弥栄が俺の濡れた髪を拭いとる。


今の俺の状況は何なんやろなぁ。隠し続けた気持ちをあっさり本人に知られ、雨に打たれとるとこを弥栄に見られ、揚句に頭を拭いてもらう?そんなん、屈辱の極みや。


俺は顔を上げ、ハンカチを持つ弥栄の右手首を掴んだ。左手には傘を持っとって、しゃがみ込んどる俺の頭に高さを合わせるため、少し前屈みになっとる。けど俺は傘にはきっちり入っとって、弥栄は肩辺りが少し濡れとる。そこで手の中の温もりを思い出し、慌てて掴んだ腕を離した。


「…触んな。」


低くて短い言葉。弥栄を傷付けるには容易い言葉だと思ったのに。弥栄の表情は歪むことはなく。むしろ、


「なに笑ってんねん。」
「え?」


そう。むしろ口角が少し上がっとる。それを指摘すると弥栄は自分に驚いて、慌てて「笑ってないよ」と言った。それから何も言わんようなって、雨の音だけが耳に響いた。なに…これ。ほんま、心臓がすっごいドクドク言っとる。何言われんねや。弥栄も知っとるんやろなぁ。早苗のこと好きやったって。様子を伺うようにちらりと弥栄を見ると、目が合った。


「…一氏くんの気持ちは、一氏くんのもの…だと、思うな。」


何も言えんかった。心中でその言葉を噛み締める。俺の気持ちは俺のもの。当たり前や。けどそれが何かを壊すこともある。誰かに迷惑かけて、誰かを傷付けることもある。何なん、こいつ。もしかして、慰めてるん?こんなやつに


「…調子のんなや。うっといんじゃカス。失せろ。」


けど弥栄は怯むことなく。言い返してきた。


「わ、わたし…マネージャーだもん。」
「はぁ?」
「部員の健康管理も仕事のうち!一氏くんに風邪引かれると困るよ…、早苗ちゃんも、心配すると思うな。」


ほんまに、もう嫌やねん。今は早苗の名前とか聞きたない。もう、忘れさせてほしいねん。やっと乗り越えたのに…。今、噂かなんかが広まっとる中、こんなこと言うても誰も信じないかもしれんけど。弥栄にだけは誤解されたないねん。…うざったいから。


「俺、今はもう早苗のこと好きやないねん…」
「…え?」


心底びっくりしたような、そないな表情。やっぱりこいつも知っとったんか。


「……ほんと?」
「弥栄ごときに嘘つくほど俺は暇やないで。」


すると、弥栄は何が嬉しいのか、微かに頬を緩ませた。あ、信じてもらえたんかっちゅー安心感と、やっぱりドクドク言っとる心拍が混じり合っとる。変な気分や。けど、さっきよりはだいぶええ気分。不本意ながら、これも弥栄のおかげなんやろか。けど、弥栄は緩めた表情を急に強張らせた。


「でも…」


なぜそこで止まる?はよ言え、と促すと、弥栄は言いづらそうに口を開いた。


「早苗ちゃん、誤解してる…」
「せやろなぁ。」
「…いいの?」


しゃーないやろ。もうどうにもならんことやねんから。俺は頭の後ろで手を組んで、そう言った。


「…どうにも、ならなくないよ。誤解は解かなきゃ。」
「ほんまにうっといな、おまえ。もうええ言うてるやろ。」
「良くないよ。だって、早苗ちゃん、一氏くんのことすごく大事に想ってるもん!」
「来たばっかのおまえに何が分かんねん。口出すなや。」


弥栄は泣きそうやった。唇をキュッと結び、こっちを見とる。せやから俺も細目で睨み返したった。やって、俺まちごうたこと言うてないやろ?きっと、いつもなら白石と早苗が「言い過ぎや!謝り!」って俺を殴るんやろなぁ。そないなことも、もうあらへんのやな…


「なんにも…分からないよ。」
「え、ちょっ」


ついに泣き出しよった。ガラにものうてあたふたする俺。ハンカチ持ってへんし。弥栄の手に持っとるんはさっき俺の頭拭いたやつやし。しゃーないから、自分の制服の袖を引っ張って、拭いたった。「俺の前なら泣いてええで」とか「泣きついてくるやろ」とか調子乗って言うてたけど、実際泣かれると困った。っちゅーか、女が泣いてもうっといだけやったのに、この気持ちの変化はなんや。


「来たばっかりで…分からないから、まだみんなと一緒にいたいの…早苗ちゃんの誤解なんかといて、またみんなで笑っていたいの」


弥栄の涙を拭く手が止まった。さっきあれだけ雨にあたってずぶ濡れになって、弥栄の傘の下で少し乾いて、まだ水分を吸収できるんやな、なんてことは頭の片隅に追いやって。


「……わたしが憧れる一氏くんは…、思ったことを口にできる…真っすぐなのにっ……逃げないでよ…!」


言葉は支離滅裂やったけど、言いたいことは分かった。確かに、俺逃げてばっかりやった。「早苗のため」言うて、ほんまは逃げとった。自分でも、何となくそない気がしとった。けど素直過ぎて、逆に素直になれん俺はそれを認められんかった。弥栄は全部お見通しなんかな。俺は止まった手を動かして、弥栄の目元を力強くごしごし擦った。


「…早苗、まだ学校おる?」


たぶん、深いことは考えとらん。誤解とくとか、早苗のためとか、白石のためとか、俺のためとか。そないなことは一切頭になくて、ただ…


「部室、に…」


俺は弥栄の頭に軽く手を添え、傘から出た。向かう先は部室。


深いことは考えとらん。ただ、弥栄が泣いたから。弥栄が望んだから。それだけやってん。


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長かったー!!
これ書くのに三日くらいかかりました

2012.03.19


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