逃げられる俺


…なんや、ものっそいじめじめしとる。確かに午後から雨降り出したけど、雰囲気までじめじめしとる。早苗は落ち込んどるし、白石は珍しく機嫌悪いし、弥栄は二人の間であたふたしとる。なんやねん、これ。


「筋トレ嫌や…、走りたい…」
「走ってくればええやろ、雨ん中。」
「スピードスターが風邪引いたら笑えんやろ…」
「俺が笑ったるから安心して走ってこい。」


さすがは能天気なケンヤ。この重い空気に気付いてへんとか。もはや尊敬の域やわ。そんな床にへばり付いとるケンヤを置いて、俺は小春に近寄った。


「なぁ、小春。なんやの、この空気。四天宝寺にシリアスは似合わんで?」
「さぁーなー。早苗ちゃんと蔵リンに何かあったっぽいんやけど。よう分からんなぁ。」
「あいつらが喧嘩?珍しいな。」
「ついでに舞ちゃんもなんや関係しとるやろなぁ。」


確かに弥栄も早苗と似通った空気発しとるしな。さすがは小春。洞察力に長けとるわ。


「気になるんやったら、舞ちゃんに聞いてみたら?」
「はぁ?俺が?」
「やって、アタシよりユウくんの方が話してくれるやろうし。」


何を根拠に。んな訳ないやろって言おうとしたけど。弥栄って小春の前でも泣いたことあらへんのやろか。う〜ん…それはそれで、ちょっとだけ、優越感。は?優越感?んなもん感じる訳ないやろっ!たかがあんなぐず女に!きしょいきしょいきしょいきしょいきしょい…


「ええから、はよ行ってこい!」


小春に背中を押され(真面目に痛かった)さすりながら弥栄に近付いた。体育館二階には机とかあらへんから、床に紙を散らばして何やら書き込んどる。あれは部員のデータ表みたいなもんで、小春が分析したこととかが書いてある。ってまぁええわ。


「辛気臭いな、おまえ。」


ほんまに、どんよりしとる。キノコ生えそうなくらいや。大丈夫か、こいつ。けどなんや悔しいから心配する素振りは見せんけどな。


「あのさ、早苗、何かあったん?」


弥栄やったら言ってくれる、って謎の自信があった。アホや俺。弥栄は思ってたよりしんどそうで、ほんまに心配した。なのに


「……さぁ。」
「はぁ?何やそれ。」


なんやねん、その素っ気ない態度。めっちゃムカつく。今まで俺が素っ気なくても、あいつは真っすぐ俺に向かっていた。こんなん、初めてや。しかも部長のとこに逃げるし。なんでや。何なん、その態度。ほんま、もやもやする。優越感なんて、ぼろぼろや。


―――――――――――――


2012.03.12


[ 31/57 ]

[] []