葛藤と比較と何か


たとえば早苗やったら。俺は友達として、仲間として、精一杯支えたる。傷付くようなことなんや絶対言わへんし、そもそも思わん。世界中が敵に回ろうと、俺は早苗の味方をする自信がある。それはやっぱり、仲間としての意識からなんやけどな。たぶん、女が嫌いな俺が唯一、女扱い出来る友達や。


たとえば他の女やったら。自称ファンクラブのケバ女とか、告白しようと屋上に呼び出しといてぐずぐずもじもじしとった女とか。それやったら、何の迷いも無しに罵声を浴びせられる。相手が泣こうが喚こうが、俺は我関せず顔でおれる。何を言おうが、俺の心は全く痛まん。


たとえば、弥栄やったら?


「ユウジ…」


早苗の掠れた声が、俺の意識を部室に引き戻した。俺があの酷い言葉を吐いたあと、当然のようにケンヤは俺を咎めた。当然やろ?俺が言うたらあかんことを言ってしもたから。なのに弥栄は…


『だって正論だもん』


俺は、ええ加減、弥栄に言い返してほしかったのかもしれん。俺の言葉を鵜呑みにし、すぐに傷付いて、すぐに立ち直る。せやから、そんなことない!って、否定してほしかった。なんで、あない苦しげに笑うんや。


「ユウジ…、なんで、そないにつらそうなん?」


再び意識が部室に戻る。早苗の言葉を理解するまで数秒。俺がつらそう?アホぬかしとんやないで。なんで俺がつらそうなん?そんなん、嘘や。俺はどんな罵声はいたって、心苦しないんやで。


「ほんまやで、ユウくん。ほんまに、つらそうな顔しとる。」


小春に言われて、ぐっと拳を握った。つらくなんか、ないのに。小春はトロフィーの棚からこっちに来て、俺の前に立った。普通に、一氏ィ!って怒鳴られる思たんに、予想外にも小春は眉を垂れ下げて、俺の顔を覗き込んだ。


「…アタシな、ユウくんはただ舞ちゃんのこと嫌いなんやと思てたわ。」
「…嫌いやで。」
「けど、ユウくん酷いこと言うた後、必ずそうやって苦い顔して、後悔しとるんやな。」


あーもう、また小春は俺の言葉は無視か。いつも、そうやな。っちゅーか、俺は後悔なんやしてへんで。つらくもないし、心苦しくもないんや。なあ、そうやろ?


「なぁ、ほんまは…」
「ちゃうで。」


俺は弥栄が嫌いなん。それは前から言っとったこと。それが今更変わることはない。小春が何を言おうとしたんか。何となく分かってしもて、俺は言葉を遮った。誰かが息を飲んだのが分かった。


「…ユウジ、舞追い掛けてき。」


早苗からの鋭い視線に、俺は負けじと睨み返した。なんやかんや俺がいろいろ協力したったことのが多かったし、早苗は俺のすることを黙って見守っとってくれた。たぶん、ぶつかり合うのは初めてやと思う。


「は?なんで俺が。」
「あんたが舞を傷付けたから!」


俺が、傷付けた。だからなんやっちゅー話や。さっきも言った通り、早苗以外の女には何の迷いも無しに罵声を浴びせられる。相手が泣こうが喚こうが、俺は我関せず顔でおれる。何を言おうが、俺の心は全く痛まん。そう、その通りなのに。


「…舞は、なんでも思ったことを口に出来るユウジはかっこいいって言っとった。」


それは…知っとる。あん時、みんなで盗み聞きしてたっちゅーことは口が裂けても言われへんけど。


「あたしは…、そうは思わんかった。ユウジが女の子嫌いなん知っとったけど、あたしのためとは言え、酷いことばっかし言っとるユウジが、ほんまは少し……少しだけ、怖かった。」


ぽつり、ぽつり、と話し出した早苗は、いつも俺が見てきた元気で負けん気だけは強い、あの早苗やなかった。つらくても無理して笑って、俺には隠そうとする。そんな表情を、白石は最初から知っとったんかな。早苗を好きで、つらかった。その想いを忘れさせたのは、皮肉にも俺が大嫌いな女。


「…なのに舞は少しも臆すことなく、憧れるって。ずっと一緒におったあたしより、あの子のがユウジを分かっとる。」


そないなこと、あらへん。そう言ったりたかった。それが出てけーへんかったのは、どこか、そうかもしれへんっちゅー想いがあったから。むしろ、そうであってほしい、なんて。俺の裏表のなさすぎる性格、容赦のない言葉を、いろんな人に責められた。白石にも、説教された。あいつは俺に認めてほしいって言うたな。けど本当は、大嫌いな弥栄に、俺が認めてもらいたかったんかもしれん。


沈黙が漂う部室。俺の居場所である部室がこないに居心地悪うなったんは初めてや。俺のテニスシューズがキュ、と音を立てて部室から出て行こうとした。


『なぁ、ほんまは…』


小春の言いかけた言葉が、頭に浮かんだ。何を言おうとしたんか分からん。分からんけど。


「…小春、ちゃうで。」


手を添えたドアノブ。力を入れて時計回りに回して、前に押す。それだけの行為が、今から向かおう思てる場所を思い起こす。


「…ちゃうからな。」


たとえば早苗やったら。俺は絶対突き放したりせえへん。友達として、仲間として、精一杯支えたる。


たとえば他の女やったら。完璧に突き放したるわ。何の迷いも無しに罵声を浴びせられる。相手が泣こうが喚こうが、俺は我関せず顔でおれる。何を言おうが、俺の心は全く痛まん。


たとえば、弥栄やったら?何の迷いも無しに罵声を浴びせられる?相手が泣こうが喚こうが、我関せず顔でおれる?何を言おうが、心は全く痛まん?


全部ちゃうねん。たとえば弥栄やったら。罵声を浴びせれば後悔して。泣こうが喚こうが…、あぁ、弥栄はそんなんせえへんかったな。酷いこと言うてしもたら、心苦しい。中途半端に突き放して、結局はこうやってあいつの元へ向かう。分かっとっても直せん。早苗以外の女に、どう声をかければええのか分からんから。アホみたいな俺。


『なぁ、ほんまは…』


小春の言葉を遮って良かった。やって、嘘みたいやん、俺。なに?菊丸の話でこないイラつく、って、そんなん俺、まるで…


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あ、あれ…
展開どうした…
なんだコレ…

2012.03.01


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