夕方から暑くなる?
廊下を全力疾走。放課後やから廊下にも人は全然おらん。階段を駆け上って踊り場の窓から顔を出すと、思ったとおりや。下の方で、一人の女が数人に囲まれとった。
「あんたが弥栄舞。」
きっと今始まったばっかりや。今まで早苗が呼び出さとるん見てきたけど、こないハラハラしとんの初めてや。あいつ弱っちーからな、大丈夫やろか。
「最近白石くんに近付いてるみたいやない。」
「は、はい?」
「白石くんにちょっかい出しとるんやろ?昼も一緒におるみたいやし。」
また白石か。ほんまようやるわ。白石には早苗っちゅー彼女がおんねん。はよ諦めや。俺が言えることちゃうけど。
「ちょっとー!ユウジなにしとんの。まだミーティング終わっ…」
「しーっ!ちょ黙れや。」
「はぁ?」
「おまえこっち来ィ!」
下の階の廊下から早苗が大声を出すから、黙らせて手招きした。すると怪訝そうにしながらもちゃんとこっち来るんやから、えらいわ。隣に来た早苗に、俺は窓から下を指差した。俺と一緒に顔を出す。下のやつらは全然気付かへんけど。
「……え、舞?」
「あんたが折原早苗に近付いたのって、白石くん目当てやろ?テニス部狙いで近付いたってみんな言うとるで。」
弥栄も弥栄でショックやろうけど、早苗も唇を噛み締めとる。悔しいんやろな。
「否定できひんやろ?」
俺も悔しい。言い返せや。変わりたい言うとったやろ。ほんなら、言い返してみーや。頼むから。
「せやから白石くんから手ぇ引きや。自分の出る幕なんやないで。」
ぎり、と爪が手の平に食い込む気がした。隣で早苗やって、窓枠に置いた手に力が入っとったし。なんや俺ら、あいつがマネージャーなるん二人して嫌や思とったんに、こんなに弥栄んこと応援しとるんや。
「……頑張れや。」
こないだあいつに言うた言葉が、俺の口からこぼれた。それとほぼ同時くらいに、弥栄は俯かせとった顔を上げた。
「そそんなの、あなたもじゃないですか……あ、あなたたちだって全然全然全っ然、出る幕ないですからっ!白石くん、早苗ちゃんにベタ惚れだし、こんな風に校舎の裏に呼び出してグチグチ文句言うような人を白石くんが好きになるわけないっ!そそそそれに!わたしは白石くんが好きなんじゃない!早苗ちゃんが好きなの!だから話し掛けたの!早苗ちゃんと友達になりたいの!白石くんなんて正直どうでもいいっ!勝手なことばっかり言わないでくださいっ!」
一瞬訪れる沈黙。バッと窓から身を引き階段を駆け降りる早苗の背中を見てから、弥栄を殴ろうと手を上げる先輩に気付くのに、たぶん5秒もかかっとらん。俺は持っとったテニスボールを思いっきり、地面にたたき付けた。
「きゃっ!?」
女の声に、俺は窓から離れ、すぐ横の壁に背をつけた。下の方から声が聞こえる。人には当たってへんやろか。俺ってばれてないやろか。窓から入る風が俺の髪を揺らした。心臓がどきんどきん言うとる。なんやこれ。そないばれとうないんか、俺は。先輩らは退散したようやし、とりあえず安心や。弥栄も殴られてはないやろし。
「…ひと、うじくん?」
ばれたんか!もしや見えたんか。なんや、テニスボールで助けるっちゅーのはダサいやろ。かっこわる。一つため息をついた。
「…なわけないか。」
今度はほっ、安堵の息。ばれてないんか。よかったわぁ。もう行ったんか思て窓から少し覗くと、弥栄はさっきのテニスボールを胸に抱えて、幸せそうにしとった。きしょいわ。なんて思たんやけど、なんでやろか、緩んでくる口元を片手で隠すように添えた。さっきよりどくどく言っとる。っちゅーか今日暑いわ。いきなり。夕方から暑くなるとか言うてたか?
とりあえず、俺は弥栄が嫌いや。せやけど、今すぐあいつんとこ行って肩叩いて、よう言ったな!って褒めてやりたいんや。
―――――――――――――
うっほうっほ
2012.01.31
[ 13/57 ][←] [→]