もう戻られへんのやな


名前が泣いとる。え?どないしたん?え?どないしよ。傘返しに来ただけやのに。で、ご飯一緒に食べよ言われて、中庭来たんはええけど。え?なんでいきなり泣くん?


「な、な、え、な、ど、どないしたん?」


噛みすぎやろ!って自分に突っ込んだんやけど、ちょっとそれどころやない。ほんま、どないしたんやろ。えー、ちょお待ってや。俺が泣かせたみたいやし。


「えー、ちょお、名前〜」
「聞いたの…」
「え?」
「あの人、好きな人いるんだって…」


あの人て…名前の今の好きな奴か。くそう、名前を泣かせよって。悔しいわ。ほんま、悔しいわ。名前は俺のために泣いたことなんか一度もない。


「…ほんまか。」


名前は小さく頷きはった。ずずっと鼻を啜り、涙を隠そうとする。本音言うと、もう見てられへん。名前が幸せになるんやったら別にええけど、なんで俺の隣にいんのに泣くんかい。


「ただの噂やさかい、信じる価値ないんやない?」
「噂じゃないもん。本人が言ってたんだもん。」


はあ、と困り果ててると、名前はこちらを見た。潤んだ瞳で俺を睨んどる。


「志摩には、あたしの気持ちなんて分からないよ…」


なんか、こう、ブチッと頭ん中の何かがブチ切れることってあるやろ?それや、それ。今の俺はまさにその状態。意味分からへん。なんでそないなこと言われなあかんの?


「ならお前は俺の気持ち分かるんか。」


俯いて呟くと、名前は聞こえんかったのか、申し訳なさそうに眉を寄せとった。なんや、もう無理やわ。俺は名前の手を引っ張って、抱きしめた。女の子の、名前の匂いがしよる。やってもた。もう戻れへん。もう、幼なじみっちゅう関係は終わりやわ。


「…ええ加減にせえ。ええ加減、俺を見いや!」


腕の中の名前は、小刻みに肩を震わせておった。


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