教科書は日記帳ではない


テストの採点をして、頭が痛くなった。なんで廉造のテストはいつもこんなに悪いのだ。一つ前に採点を終えた勝呂君の答案用紙は流石。三輪君は勝呂君には及ばずとも、なかなか頑張っているのが分かる。で、この廉造のテストはなんだ。本当に名前以外書いていない。頑張って埋めようという意欲も感じられない。


このままだと、廉造だけではなく、私の首も危ない。ということで、大変不本意ではあるが、塾の授業の後にでも補習をしなければ、と考えていた。その旨を廉造に告げると、喜んで!、と目を輝かせていた。


「で、なんで真剣に授業聞いてくれない訳?」


授業後、他の生徒が帰った後私は廉造と向かい合わせに座り、教科書と今回の試験を並べて尋ねた。


「そんなん、せっかく名前がおるに、黒板見てる暇あらへんわ。」
「そんな自慢げに言われても、嬉しくないから。それから塾では一応“先生”付けて。」
「はーい。せ・ん・せ!」


机を挟んでぐっと顔を近付けた廉造に驚き、思わず後ずさる。そして呼び方が腹立たしい。と同時に背徳感も感じ、何故か胸の奥が疼いた。その痛みを隠すように、私は廉造に蔑みの目を向けた。すると廉造はいつものように、へにゃりと笑う。


「そんな見つめんといてや。照れるやろ。」
「照れなくていいから、勉強するよ。」


廉造の教科書を開けると、そこにはたくさんのメモ書きがあった。板書は勿論、私が口でしか説明していなかったことも漏らさず書かれていた。私は驚いて、顔を上げた。


「なに勝手に見とん!」
「いや、私あんたの教師だし。」


隠そうとした廉造の教科書を素早く取り返し、廉造から離れてから教科書を開いた。よく見ると、『欠伸した』とか、『坊を当てた』とか、『目が合った』とか、『祓魔師の制服萌える』とか、私の行動が事細かく書かれている。こんなに見られていたのか、と胸の奥が熱くなると同時に、笑顔がこぼれた。その時だ。教科書が手から離れ、更には視界が反転していた。


「ちょ、廉造!?」
「まさか本人に見られるとは思わんかった。」


いつも私が授業をしている教室で、教え子でもある廉造に押し倒されている。その実状が私を高ぶらせているのだろうか。廉造のピンクめいた髪の向こうに、古びた天井が見える。


「ここ、教室!離れて!」
「ちょお黙ってや。」


そこで廉造は私の手を掴み、そのまま唇を重ねていた。流されてはいけない、と理性を保ちながら、必死に唇を固く閉じた。唇を重ねるだけの軽いキスを済まし、廉造は離れて行った。ほっ、と息を漏らすと、廉造はニヤつきながら再び顔を近付けた。まだするのか、と唇と共に目も固く閉じた。そこでふっ、と笑う声がして、そして唇に生暖かいものが触れた。唇が廉造の舌に舐められていた。微かに目を開くと、至近距離で廉造の高校生らしからぬ色気を放つ顔。ぞくりと背筋が粟立った。


「名前…、口開けぇ。」


私に覆いかぶさる身体と共に、降ってきた甘い廉造の声。もういいかな、と力を抜きかけた時。教室の扉を誰かがノックした。


「名前さん?」


雪男だ。高校生でありながらも祓魔師として戦う、所謂同僚。私はがばっと身体を起こした。あわわわ、とバランスを崩した廉造を支え、元の席に戻った。雪男が入ってくる時には、必死に二人で勉強をする振りをしていた。


―――


志摩くんの教科書は、きっと主人公の観察日記になってるはず

2011.09.10


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