「……坊。」


今さっきのことだ。気まずさには勝てなかった。名前の呼びかけを無視し、竜士はすぐに視線をそらして走り出した。そこで咄嗟に名前は立ち上がり、竜士に駆け寄って腕を掴んだ。


「…ごめんね。」


行かないように、名前は筋肉質の竜士の腕をぎゅっと掴んだ。それから小さく呟く。竜士はその手に逆側の手を重ねた。そしてすぐに引きはがそうとしたが。名前は今度は手を離し、腕を絡み付けた。竜士の腕に抱き着く名前。彼は思わず赤面した。


「…竜士。」
「へ!?」
「ごめんね。」
「い、今なんて言うた?」
「竜、士って言った。」


名前は顔を上げ、竜士と視線を合わせた。二人揃って赤面している光景は少し異様だ。


「名前…、ようやっと呼んでくれたな。」
「ごめんね、恥ずかしかったの。」
「せやかて、志摩は」
「そんなの…、竜士だけは特別に決まってるじゃん。」


名前の発言に感銘を受ける竜士。逆側の手を彼女の頭に載せ、小さく微笑んだ。





「竜士ーっ!明日ジョギング行けなさそう。」
「そうか。分かった。」


二人の会話を前に、志摩の顔はいやらしく緩まっていた。すぐに立ち去った名前の背中にひらりと手を振ってから竜士に向き直る。


「良かったですね、坊!」
「…何がや。」
「分かってはるくせに〜。ちゃんとその素直さキープせんと、また“坊”呼びに戻ってまうよ。せやけど、『名前を頼む』言わはった時は驚いたけど、その直後に仲直りしてて良かったわ。ほんまに、どうなることや思とったしな。びくびくさせんといてくださいよ、坊〜。」


いやらしく笑って、志摩は肘の先で竜士の脇腹をつついた。瞬間的に鬼のような形相を向けたので、子猫丸は志摩を宥める。


「せ、せやけど、ほんまに良かったですね。名前さん、坊のこともやっと名前で呼ばはるようになったし。」


子猫丸の、女子いわく『癒される笑顔』で竜士に話を振ると、彼は少し照れたように、おん、と頷いた。


―――


恒例になった不完全燃焼
オチがない

2011.09.26


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