5
子猫丸と一緒に志摩が部屋に戻ると、竜士は机で必死に勉強していた。名前の姿はない。仲直り出来たのかな、と勝手に安心していると、不機嫌そうな竜士が振り返った。子猫丸は気付かずに話し掛けるのだが。
「坊、勉強はかどりました?」
「……志摩。」
ひい、と小さく悲鳴を上げる。子猫丸の問い掛けを無視して志摩を睨み付けた。
「お、俺は何もしてへんですやろ。」
「分かっとる。」
竜士は立ち上がり、背後の二人に近寄り、志摩の肩に手を載せた。二人は揃って首を傾げていた。
「…名前んこと、頼むわ。」
「はあ?」
素っ頓狂な発言に志摩は驚き、そうしてる間にも竜士はドアに向かっていた。
「ジョグ行ってくるわ。」
竜士が部屋を出た後、二人の間には沈黙が流れたが、すぐに子猫丸は志摩に尋ねた。
「志摩さん、坊に何かしはったんですか?」
「俺は何もしてへんて。」
「せやけど、いつもは朝しか行かはりませんよ、ジョギング。」
「……きっと無心になりたいんやと思う。」
志摩の切なそうな発言に、子猫丸は口をつぐんだ。
◇
朝のコースと同じ道を走った。いつも会う犬の散歩途中の婦人はいないし、太陽の方角も違う。しかし竜士はどうしても無心になりたかったのだ。
名前はどうしてあれほどまでに頑なに拒否するのか、竜士には理解しがたい。そして何故志摩や子猫丸は良くて自分は駄目なのか。悩んでも解決しない問題に直面し、今はそれを忘れることが得策だと考えたのだ。
しかし、忘れたいと思ったところで、そんなことは出来なかった。女子寮の前を通る時、名前との待ち合わせを思い出す。いつもと同じコースを走る時は、並んで走ったことを思い出す。正十字学園の町は、名前との思い出でいっぱいだった。
「名前…」
初めてジョギング中に足を止めた。誰かに話し掛けられても、その場で足踏みをしてリズムを刻むだけで足が止まったことはなかった。しかし、女子寮の前を過ぎる時、入口の段差に腰を下ろす名前を見て、竜士の足は止まったのだった。
―――
2011.09.26
[ 50/63 ]
[←] [→]