いつも以上に元気がなく、顔を横に向けてぺたりと竜士の勉強机につけている名前の背後で、志摩は困ったように頭を掻いた。竜士は今部屋から出ていて、彼がいないつかの間、部屋には志摩と二人きりだった。


「どうしよう…」
「せやから、素直になればええねん。それだけやて。」
「……無理。恥ずかしい。」


今まで、どちらかと言えば名前を呼んでもらえない竜士の方が可哀相だと志摩は思っていたが、いつも元気な名前がここまで弱り切っていると、彼女も憐れに思える。しかしこれは本人達の問題であり、志摩にはどうしようもないのだ。


「……俺、コンビニ行って来ますわ。」
「待って!二人きりにしないで!」
「は、離したってや!」


名前は咄嗟に身体を起こし、逃げ出そうとした志摩の手を掴んで叫んだ。必死な名前に志摩は更に困った表情を見せた。彼女の手は志摩を掴み、懇願している。こんな場面を見られたら竜士に殺される、と志摩の顔が青ざめた。そこにタイミング良く部屋のドアが開く。


「…何してん。」


血の気を失う志摩に、唖然とする名前。帰って来てしまった。しかしまだ志摩の手は握ったままで。竜士は目を吊り上げ、これまでにない程目付きが悪くなっていた。ひい、と小さく悲鳴を上げ、志摩は慌てて名前の手を振りほどき、部屋から飛び出した。


「あ、待ってよ!廉ぞ…」


名前の呼びかけは途中で止まった。竜士の横を通り過ぎようとした瞬間、彼はダンッ、と手を壁に突き立てた。名前は自然と竜士に逃げ場を奪われる。壁に片手をついたまま、竜士は彼女に顔を近付けた。反射的に名前は退き、壁と竜士に挟まれることになった。


「……」
「…何とか言いや。」
「……そこどいて。」


竜士が求めた答えはそれではない。眉間に皺を寄せ、名前を睨み付けた。そんな竜士の視線から逃げるように俯いた。


「こっち見ろや。」


頑なに竜士の言葉に首を横に振る名前。彼の顔が険しくなった。壁についていない方の手を彼女の俯かせた顎に添えた。名前は泣きそうな顔を竜士にさらけ出した。まさかの表情に竜士はぎょっとする。しかし、すぐに手を離し、竜士も俯いた。そして切なさが篭められた小さい声を絞り出す。


「…そないに、志摩がええなら、行ってええよ。」
「坊?」
「……早う行きや。」


竜士は名前から離れ、自分の机に座った。淋しげな背中だったが、名前は何も言えなくて、とぼとぼと部屋から出た。


―――


2011.09.26


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