名前を呼ぶ、という行為はとても緊張することだ。いや、そこら辺の人ならなんてことないのだ。好きな人の名前、が緊張する訳で。名前もそれに当て嵌まる。志摩や子猫丸のことは何とも思ってないからこそ、名前で呼べるのだが竜士に対してはそうはいかない。呼びたい、とは思うのだが、それは素直に口から出てこない。


塾の授業が終わった後、二人きりの教室で隣に座って自習をする竜士の横顔を盗み見しながら、名前は心中で葛藤を繰り広げていた。


「何やねん。」
「え?」


名前の視線に耐え切れなくなった竜士はシャーペンを置き、彼女の方を見た。名前は慌てて視線をノートに移した。


「な、何でもないよ。」
「嘘つくとは、ええ度胸やな。」


竜士は低い声で言い、名前の顎に指を添え、無理矢理自分の方に向かせた。名前は視線を泳がせながら、逃げ出そうとしたが竜士はそれを許さない。


「用があるなら言い。」
「な、ないよ?自過剰だなあ、坊は…」


心臓がやけにバクバクして、深く考えずに発言してしまった。目の前で不機嫌オーラ全開の竜士に、名前は自分の失言に気付いた。


「何度言わせば気が済むんや。お前の脳みそは空っぽか?」


若干怒りながらも、しっかりと宣言したことを守る。名前の唇にキスを落とす。しかし今回は名前を支える物はなく、自然と身体は傾いていく。


「わっ!」


突然唇が離れたかと思うと、名前の身体が長椅子に沈んでいた。しめた、と口元を緩ませながら竜士は名前の身体の上に覆いかぶさり、再びキスを落とす。恥ずかしさのあまり真っ赤になって目をつぶる名前。竜士はとても愛おしくなり、顎に指を這わせ、微かに力を入れた。難無く隙間を開いた唇の間に、すかさず舌をねじ入れた。


「むんッ!?」


色気のない声に、色気溢れる彼女の表情。椅子の上で身体を重ね合いながら、深く深く絡み合う。真っ白になっていく名前の頭の中で、竜士の声が響いた。


「名前、呼びいや。」


名前の口から混ざり合った唾液が流れ出る。こんなにも深く想い合っている二人だが。素直に名前呼べなくてごめんね、と名前は心の中で謝った。


―――


2011.09.23


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