朝、約束通り女子寮の前で合流する二人。名前は昨日の気まずさを忘れたかのように、満面の笑みを竜士に向けた。


「ぼーんっ!おはよう!」


名前の挨拶に若干苛立ちながらも、彼女と並び、いつものコースを走った。本日は名前もいるため、iPodはポケットにしまってある。


「今日朝から英語なんだよねー」


普通の女子よりは体力のある名前。足を動かしながらも、楽しげに竜士に話を振った。しかし竜士は無視を決め込む。早く名前を呼べ、と内心焦っていると。


「坊ー?聞いてる?」


なんだかとてつもなく腹が立ち、竜士は思わず彼女の腕を掴み、足を止めた。日の出前の町には、歩行者の姿はない。とは言っても公共の場であるからと、竜士は自分に言い聞かせた。


「いつんなったら、名前で呼ぶんや。」
「……」


名前の顔から一瞬にして笑みが消え去った。照れる様子もなく、ただ困った顔をする名前に、竜士は更に苛立ちを感じる。その苛立ちを消すように、何も言わない名前の唇に自分のを力強く押し付けた。


「っ!?」


腕を掴まれていて、後ろに逃げることは出来ず。キスは初めてではなかったが、突然のことに名前は戸惑いを感じた。更に深くなるかもしれない、と唇を固く結んだが、竜士はとくにそれ以上はしなかった。すぐに離れ、名前の目を見つめた。


「次坊言うたら、誰の前であろうと、今と同じことされるて覚悟しとき。」


竜士は不機嫌極まりない様子で、再び走り始めた。名前は浮かない表情を浮かべながら、何も言わずに竜士の一歩後ろをついて行った。





何も置かれていない机に、いつにも増して虚ろな目を向けている名前に気付き、志摩は前の席に座り後ろを向いた。つまり名前と向き合うように座った、ということで。


「廉造はいいね。いつも気楽そう。」
「こう見えても一応悩みはあるんやで。女の子にモテたいて。」


期待した通りの反応に、名前は溜め息をついた。深刻な様子の彼女に、今度は廉造は真剣な表情を見せた。


「まだ呼ばへんの?」
「そんなに簡単な話じゃないの…」
「ただの慣れやろ。何事も最初が肝心やで。早よ呼んでまえ。」


廉造はいつも応援してくれた。しかし名前の表情から曇りは消えなかった。


―――


2011.09.21


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