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愛しい彼女の笑顔を見て竜士は、名前で呼んでほしい、と素直に思った。
「坊!明日も6時に女子寮の前でいい?」
寮の自室で勉強中の竜士の傍らに立ち、微笑みかけているのは竜士の恋人である名前だ。本日は珍しく祓魔塾は休みで、たまの休みを二人で過ごしていた。とは言っても竜士は勉強、名前は雑誌と別々の時間を過ごしていたが。ちなみに竜士と同室の廉造と子猫丸は、気を利かせて部屋から姿を消している。
「おん。お前、いつも偉いな。」
「だって朝だけだもん、坊と一緒にいられるの。」
軽く微笑む彼女に竜士は顔を綻ばせた。しかし、こんなに緩んだ自分はらしくない、と思う故、竜士はあまり表情に出さないようにしていた。特に、今の顔を志摩に見られたら、色々とやばい。
「じゃあ、あたしそろそろ帰るね。廉造たちにも悪いし。」
そう言って踵を返す名前。竜士は慌ててその手首を掴んだ。
「坊?」
「送るえ。」
なんで志摩のことは名前で呼ぶくせに、と内心いらつきながら、竜士は言った。
名前は中学の頃に東京から京都に引っ越し、竜士たちと出会った。志摩や子猫丸と一緒になって、竜士のことを坊と呼んでいると、それが癖になって、付き合い始めてからも呼び方は変わらなかった。最近それが悩みである竜士。
「え?いいの?」
「当然やろ。」
嬉しそうに名前は顔を綻ばせた。
二人して夕日の中を並んで歩く。他愛ない会話を交わしながら、女子寮に向かって歩く二人。ふと、竜士は手を繋ごうと、自分の方に手を伸ばす名前の影に気付いた。何気なく繋ごうとする彼女に、思わず竜士の口元が緩まった。可愛いなあ、と率直に思いながら、竜士は尋ねた。
「手、繋ぎたいんか?」
「えっ!?」
名前は慌てて手を引っ込めた。なんで分かったの!?、とでも言う勢いの名前に竜士は大口開けて笑った。目の前の自分達の影に気付かなかったのか、竜士は地面に指を差した。
「影。見えへんのか?」
「あ…、それどころじゃなかった。」
「で、何で手引っ込めてんねや。出し。」
半ば強引に手をとり、指を絡めた。名前は真っ赤になりながらも、照れ隠しに、えへへ、と幸せそうに笑った。
「名前、」
「なあに?」
「名前、呼びや。」
意を決して告げると、何故か名前は慌てながら手を離した。あわあわと慌てふためく彼女に、竜士は違和感を覚えた。
―――
2011.09.21
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