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学園でも塾でも、いつも一緒に行動している勝呂と子猫丸の不穏な空気は、塾の人は皆気付いていた。いつもは隣に座る彼らだが、昨日から子猫丸はつんとした態度で、出雲の三列後ろに座っていたし。寮でも一切口を利かず、志摩も暗い空気に嫌気がさしていた。塾での空気も重い。それでも、子猫丸は毎日欠かさず名前と一緒に昼休みを過ごしていた。この間の雨のこともあり、雨天時の集合場所も決めていた。
今日は晴れたから芝生。子猫丸は先にいた名前の姿を見付け、駆け寄った。
「こんにちは。」
「あ、三輪君。こんにちは!ねえねえ、これ見てっ!」
そう言うや否や、彼女は髪を右の耳にかけ、耳を見せた。勝呂よりも多いピアスの穴には、何も付けていなかった。名前は寂しそうに笑った。
「ピアスの穴、閉じようと思うの。髪も染め直して…」
「え?なんでそないなこと?」
「だって…不良と三輪君なんて、似合わないよ。」
名前は耳から髪を外し、弁当の蓋を開けた。子猫丸も今日は弁当だ。隣に座り、蓋を開ける。
「そのままの苗字さんでいてください。」
屈託なく笑う彼に、名前の胸は高鳴る。しかし彼女は困ったように曖昧に笑った。子猫丸が勝呂と喧嘩した、という話は名前の耳にも入っていた。その言葉は嬉しいのだが、素直に喜べないのもまた事実。自分のせいで友達とうまくいってないのだ。何とかしなくては。
髪を黒く染めたら、誠実さが出るかもしれない。
色々考えを巡らせながら、子猫丸と別れた後、自教室まで歩く途中。廊下の向こうから勝呂と志摩が歩いてくるのが見えた。隣には馬鹿で有名な燐もいた。名前は気付かない振りをして、通り過ぎようとしたが。
「苗字。」
勝呂の低い声が彼女を引き止めた。一瞬肩を震わせ、名前は顔を上げた。
「何?」
「お前どういうつもりや。」
「ちょお、坊、穏便に穏便に。」
隣で志摩が宥めていた。ついこの間も志摩に文句を言われたばかりで、気が滅入っていた。しかし子猫丸の友人。出来ることなら名前も仲良くしたいのだ。
「どういうつもりって?」
「何が狙いや。」
「狙いって?」
「せやから、子猫丸のことや!」
勝呂は名前を怒鳴り付けた。微かに人目が集まる。子猫丸に助けを求めたくなった。彼なら分かってくれる。しかし今ここに彼がいても事態が悪化するだけだ。
「……三輪君の友達でいちゃ駄目ですか?」
か細い声に、勝呂は言葉を詰まらせた。友達と言っても、子猫丸は確実にそれ以上の想いを抱いていることに勝呂は気付いていたから、ここまで口を出すのだ。友達が悪い女に騙されるのを黙って見ている訳にはいかない。
「…どうしたら認めてくれますか?」
「……そん髪、ピアス、スカート丈。」
お前は父親か!、と内心突っ込みながら、急いで脳にメモを残した。
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2011.09.21
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