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まさか子猫丸が追い掛けてくれるとは思わなくて、名前は走って息を切らす子猫丸に目を奪われた。校舎の陰で、人気は全くなかった。
「苗字さん…」
「三輪君びしょ濡れだね。」
子猫丸を近くの屋根の下まで引っ張り、持っていた小さなタオルで子猫丸の頭を拭いた。
「僕より、苗字さんの方が濡れとりますよ。」
坊主頭は水分をすぐに流してしまうから、すぐに乾くのだ。子猫丸は名前の手からタオルを引ったくって、自分より少しだけ背の高い名前の髪に伸ばした。長くて艶のある金髪を、丁寧に拭いた。思ったより近い距離と、いつになく真剣な子猫丸の視線に、名前の心臓は自然と速まった。
「風邪、ひかんでください…」
「え?」
「学校休まんでください!ひ、昼休み、寂しなります…」
さっきのあんな場面を見ても、そんなことを言ってくれる子猫丸に、名前は胸が熱くなった。
「……私、三輪君と一緒にいてもいいのかな…。昨日も、言われちゃったし…今日も…。」
「苗字さん、さっきの人に何もしてはりませんよね?」
「…え?」
「あ、あれ?やっぱり叩きはったん?僕、あの子が勝手にしよったことやて思ったんやけど…」
まさかの言葉に、名前は涙が込み上げるのを必死に我慢した。しかし目にはぎりぎりまで水分が張っていた。名前は慌てて子猫丸から離れ、片手で鼻と口を覆った。
「苗字さん?」
突然離れて行った名前の真意が分からず、子猫丸は困ったように頭を掻いた。名前は少し離れた場所でうずくまり、肩を震わせていた。
「な、泣いてはるんですかっ!?」
慌てて駆け寄ると、名前は何も言わずにこちらに手の平を突き出した。来ないで、見ないで、とでも言うかのように。声を殺して泣き顔を隠す名前。子猫丸は彼女の背後に回り、再びタオルを髪につけた。
「僕は、目で見た物しか信じられへん。苗字さんは、暴力を振るうような子やない。」
名前は小さく震えながら、頷いた。周りが敵でもいい。子猫丸は本当の自分を見てくれる。しかし、耳から志摩の言葉が消えてくれない。嗚咽を飲み込みながら、名前はゆっくり口を開けた。
「…三輪君は、私と一緒にいない方がいいよ。」
「そんなん、勝手に決めんといてください。」
「だって…」
「誰がどう言いよっても、そこに僕の意思はあらへんよ。」
名前は更に涙を流した。一筋の雫が弧を描いて、屋根の下にあるこの地面を濡らした。
「僕は…、苗字さんを見失わへんよ。」
彼女の濡れた髪を拭きながら、名前が髪を染めた理由を思い出し、そして自分なら絶対見失わない、と心が叫んでいるのを子猫丸は感じていた。
二人の間にはまだ短い歴史しかないが。二人の間の想いは強くなっていた。
―――
ちょっと甘くなった
2011.09.21
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