昼休み。トイレに行ってから、溜め息の多い子猫丸に勝呂と志摩は首を傾げた。何かあったのか尋ねたかったが、珍しく鬱オーラ全開の彼には少し近寄りがたい。今日は三人で芝生で昼食をとったが、子猫丸は心ここに有らず。助けを求めて、勝呂と志摩は近くにいた出雲と朴に近寄った。その時だ。


「少年!」


子猫丸に声をかけた女の声に、志摩は反射的に顔を上げた。その声の主を見て、その場の人間は絶句。子猫丸も驚愕。


「!?」
「よっ、少年!」
「あ、あ、な、なんで…?」
「そんなに恐がらないでよ。これ、渡しに来ただけだから。」


そう言って彼女は子猫丸の前に猫のストラップをちらつかせた。それは先程、子猫丸がトイレの前に落とした物だった。


「あれっ!?」


子猫丸は慌てて自分の携帯を取り出した。そこに有るはずのストラップは、今は名前の手にあった。


「さっき、トイレの前で落としてったの。」


彼女は微かに笑みを見せながら、子猫丸の手にストラップを落とした。初めて見る名前の笑みに、子猫丸は言葉を失い、見入る。すると名前は怪訝そうに眉を寄せた。


「何?」
「…いえ、苗字さんも笑うんやて思て…。」
「何それ。じゃあそれだけだから。」


そう言い、名前は立ち去ろうとした。彼女の後ろ姿に切なさを感じた子猫丸は慌てて立ち上がった。


「あの、苗字さんっ!」


名前は金の髪を揺らしながら、振り向いた。子猫丸は再び言葉を失う。恐くない、と言えば嘘になる。煙草を吸っているだとか、高値で身体を売っているだとか、いかがわしい噂は子猫丸の耳にも届いていた。しかし、直感的にそれは嘘なのではないか、と子猫丸は思った。だから引き止めたのだ。子猫丸は口内に溜まった唾液をごくりと飲み込んだ。


「あの…、昼、とか…一緒にどうですか?」


自分の発言に驚いた。断られるに決まっているのに。慌ててフォローを入れようとしたのだが。子猫丸が言葉を搾り出す前に、名前は口を開いた。


「いいの?」


名前の発言にも驚いた。彼女も子猫丸の発言に驚き、また逆も然り。


「え…ええですよ!勿論!」
「お弁当、とってくる!」


名前は踵を返し、走り去った。最後に見た彼女の嬉しそうな表情に、子猫丸は絶句。なんて穏やかな笑みを見せるのだろう。彼女の後ろ姿を見つめる子猫丸に、勝呂達は駆け寄った。


「おい、子猫丸!何された!?」
「カツアゲでもされたとちゃいます?子猫さん〜、しっかりしてください。」


立ち尽くす子猫丸に二人は声をかけるが、反応を示さない。ただ、名前に渡された猫のストラップを力強く握りしめていた。


―――


2011.09.19


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