3
なんであんなことを言ってしまったのか。この気まずい空気の中、少し後悔。子猫丸も、いづらそうに肩を縮こまらせていた。可愛いなあ。そんなことを考えていると、子猫丸はこちらを見た。ドクンと心臓が高鳴る。
「…名前さんは、あの人が好きなんですか?」
「あの人?」
「昨日の…」
ああ、バイトの先輩か。先輩のことは好きだけど、でもそこに恋愛云々は皆無。どちらかと言うと、今となっては子猫丸と一緒にいる方がドキドキするし、落ち着く。あれ?何これ?
「お似合いでしたよ。」
何となく、その言葉は耳に響いた。別に、嬉しくない。私は少しむっとして、言い返した。
「どうもありがとう。そうだよね、私よりずっと大きいし、優しいし面白いし頼りがいあるし。」
子猫丸は足を止めた。私はその少し先まで歩き、そこで振り返った。子猫丸は酷く悲しげな瞳を地面に向けていた。
「…でも、私は、先輩より子猫丸の方がいい。」
反射的に顔を上げ、私と目が合う。なんだか気恥ずかしい。私は咄嗟にそらしたが、子猫丸はすぐに私に駆け寄り、目を合わせた。
「ほんまに?」
「…うん、ほんまだよ。」
子猫丸の京都弁を少し真似して、私は頷いた。子猫丸、可愛いなあ。目の前で嬉しそうに微笑んでいる。そんなに嬉しいことかな、とは思いつつも、子猫丸のそんな笑顔を見たら、私もこう、なんだか…。あれ?何これ?
「僕、名前さんの一番になれるよう、頑張りますよ。」
あれ、あれ?やけに心臓が元気だ。そしてやけに顔が熱い。
「ほな、行きましょか。」
さりげなく手を握られ、並んで歩いた。ちょっと待って、ちょっと!なんで手繋いでるの?確かに子猫丸に色恋沙汰は似合わない。しかしこの絵図は、私と子猫丸が仲睦まじく手を繋ぐこの絵図は、なんだか絵になる。気がする。私もそこに入ってしまうのか。己の小ささを恨む。
あ、でもいっかな。ヒールのない学用の革靴なら、子猫丸の背を追い越すことはない。たった数センチしか差はないが、私にはこれが丁度いい。
―――
2011.09.04
[ 31/63 ]
[←] [→]