次の日、私は珍しく塾の授業の前でも子猫丸とは言葉を交わさなかった。気まずさこの上ない。その並々ならぬ空気に気付いたのか、勝呂と志摩もいづらそうだった。


「えー、じゃあここ、三輪。」


授業中、先生に当てられても子猫丸は何も答えなかった。視線は宙に浮いていたし、誰もが子猫丸の異変に気付いていた。


「子猫さん、あたっとりますよ。」


斜め後ろから志摩が声を掛ける。そこでやっと気付いたのか、子猫丸は教科書を開いた。


「お前今まで教科書開かないで何してたんだ。ボサッとするな!」


珍しく怒鳴られて、明らかに肩を落としていた。そんな子猫丸を初めて見て、私は一つ息をついた。


もしかして、私のせいじゃないのか、とネガティブな考えが頭に浮かんだ。バイトの先輩が言った言葉。あれがもし聞こえていたら、きっと傷付く。後で謝ろう、と私は決意を固めた。


授業が終わった後、生徒はそそくさと帰り支度を始める。私はしばらくその場を動かなかったが、突然立ち上がり、子猫丸の方に足を動かした。


「あれ?名前ちゃん?」


子猫丸の隣でピンクの頭を揺らした志摩。勝呂も、珍しく京都三人組に近付いた私に、何事かと身構えた。しかし私の視線はその先であわあわしている子猫丸に向かっていた。少しだけ、心臓がうるさい気がする。少しだけ、緊張している気がする。


「子猫丸、どないするん?」


勝呂が子猫丸の方に向いた。どうやら子猫丸の告白のことは知っているらしい。志摩とは違って硬派な二人は色恋沙汰とは無関係なはずだが。実はそうでもないのかな。そんなことを考えながら、私は無意識に口を開けていた。


「子猫丸、一緒に帰ろ?」


―――


2011.09.02


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