放課後。塾が始まるまで学園にいようと思い、自分の席で教科書を開いていた。一人で教室を占領し、優雅な放課後だと思った矢先。教室の扉付近に、ピンクが見えた気がした。名前は反射的に机に突っ伏した。


「名前ちゃん!?何寝た振りしとるん!さすがの俺も傷付くで!」


バン、と音を立てて扉が開いた。ばればれか、と観念し、身体を上げると、やはり志摩がいた。何だか機嫌が悪そう。垂れた目も今日は優しくない。志摩は名前の前に彼女の提出ノートをちらつかせた。


「ノート。若先生から聞いた?」
「聞いたよ。どうもわざわざありがとう。だからさっさと帰って。」


奪い取ろうと手を延ばしたが、ノートは遠退き、そして志摩に手首を掴まれた。まさかの事態に名前は慌てて振りほどこうとしたが、敵わない。


「ノート返してほしいんやろ?何怒っとんのか言いや。」
「…だから怒ってないって!離してよ!」
「無理。早よ言って。俺が何かしよったんなら、謝るさかい。」


怒っていたはずの志摩の表情は悲痛に歪みを見せていた。よもや泣きそうだ。名前は顔を俯かせた。掴まれている手が熱い。志摩が近い。それだけだ。それだけのこと。頭の中には、親友と志摩の存在が混在していた。


「…謝らないで…いいから…、」


謝らないでいい。志摩は何も悪くない。自分の気持ちを隠している自分が悪いのだ。


「だから…、」


志摩が好き。心が悲鳴を上げている。もう、限界だと思った。好き。一緒にいたい。親友にも渡したくない。側にいてほしい。


その全ての気持ちを隠そう。


「……私に、構わないで。」


志摩の手が離れて行った。重力に伴い、名前の手は落ちていった。


―――


2011.09.03


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