名前ちゃん、と微笑みかけてくれる志摩が大好きだった。名前、と話し掛けてくれる親友も志摩と同じくらい大事で、大好きな友人である訳で。二人を天秤にかけてみると、僅差で親友の方が重かったらしい。そんな他人事のように考えていた。きっといつか冷めるから。志摩のことは好きじゃなくなる。だから友達を大事にしようと思った。それでもやっぱり辛かったらしい。夜中ベッドの中で、寮のルームメイトでもある親友には絶対感づかれないように、声を潜めて嗚咽を飲み込んだ。





廊下で雪男を見かけ、名前は駆け寄った。


「あ、苗字さん。」
「奥村先…、えっと、奥村くん、昨日はすみませんでした。」


雪男は、わざわざ言い直した名前の頭に手を載せた。雪男にとってはそれがツボだったらしい。名前がとても可愛く見えた。


「もう大丈夫なんですか?」
「はい!ご心配おかけしました。」


すると雪男はいつものように微笑みかけてくれた。周りで女の子達の歓声が上がった気がした。そこで雪男がモテることを思い出す。


「苗字さんの提出ノートは志摩くんに渡しておきましたので、後で受け取ってください。」


この間は天使に見えた雪男の微笑みが、今では悪魔に見えた。


「あ、ちなみにそれは僕が頼んだのではありませんよ。志摩くんが、自ら出願しました。」


やけに名前を強調し、そして再び眼鏡の中の目を優しく弧を描かせた。はあ、と盛大に溜め息をつくと、頑張ってくださいね、と言って雪男は立ち去ってしまった。廊下で名前と雪男を見ていた女の子達は、雪男を追ってすぐに姿を消した。


「ちょっと名前!見たよ!」


彼女の親友が、名前に駆け寄った。ニヤニヤ顔を見せると、名前は微かに顔を曇らせた。


「名前ってば、あんなモテモテの奥村雪男と知り合いなんだね!付き合ったらいいのに。そしたら私も頑張って、ダブルデート出来たらいいね!」


志摩くんと奥村雪男ってなんでか仲良いよね、と笑う彼女の笑顔が、憎らしかった。


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2011.09.03


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