二人は確かに両想いだった。それは周知の事実である。塾の生徒達には。名前の親友は勿論知らない。


「今日ね、志摩くんが教科書貸してって言ってくれたの!わざわざここまで来てくれたんだよっ」


泣きたくなる衝動を抑え、名前は微笑む。志摩と親友の仲を応援しながらも、心の奥底には、女好きな志摩なら誰でもOKしてしまうのではないか、という不安があった。


「良かったね。」
「名前はいいな、志摩くんと仲良くて。」


仲が良くても、志摩と話すだけで罪悪感に苛まれる。名前からしてみれば、親友の方が羨ましかった。自分の気持ちを素直に言える彼女。このまま隠していていいのか。何も言わずに引き下がるか。自分も堂々と宣言すべきなのか。何をどうすればいいのか、名前には分からない。


「名前ちゃん、宿題おおきに。」


塾の授業が始まる前、名前は一番前の席に座って放心状態だった。机の前に立ち、彼女に借りたノートを差し出す。


「…うん、どういたしまして。」


視線をそらし、ノートを受け取った。すると、彼女の視線を追うように志摩は名前の顔を覗き込んだ。


「元気ないん?」
「ちが、」


突然視界に志摩が登場し、名前は慌てて身体を後ろに引いた。志摩は相変わらず眉を垂らして心配そうにしている。胸が裂ける思いとはまさにこのことだ。


「…志摩、今日から…一緒に帰れない。」
「え?」


泣きそう。涙が溢れる。これは止められない、と気付き、名前は教室から飛び出た。志摩が名前を呼んでいたが、気にせず長い廊下を走った。


「苗字さん!」
「…あ、奥村先生。」
「どうかしましたか?」


我慢しきれず、出てきた涙を雪男は指で掬った。これから悪魔薬学の授業だ。こんなところで会ってしまい、気まずい。しかし雪男は優しく微笑んだ。


「落ち着くまで、他の教室にいていいですよ。」


何も聞かずに一つの鍵を渡してくれた雪男が、天使のように思えた。


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青エクの小説衝動買い

2011.09.01


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