韃靼人は女になる


桜の木は全ての葉を落とし、冬を乗り切る準備を始めた。この木が次に花を咲かす時、竜士は側にいない。ずっと一緒にいたのに。それでも仕方ない。名前も卒業後は舞妓の修行に励むことになる。いつか舞台を踏めるように。竜士に見せても恥ずかしくないほど上達して、感動させてやると意気込む。


しかしどれだけ強がったところで、竜士は行ってしまうのだ。淋しくないはずがない。出発の前夜、竜士は神社に泊まりに来てくれた。この日に自分達の関係は変わってしまうかもしれない、と少し考えた。ベッドの上で自分を押し倒した至近距離の竜士を見て、再び考えた。


「…泣くなや。」


重力に従って、名前の涙は耳の方に落ちていく。名前の頭を挟むようにベッドについていた手で、彼女の涙を拭った。今まで名前はほとんど涙を見せたことはなかった。


「分かっとる。せやけど私が泣いても竜士を引き止める力はない。」
「……お前が行くな言うんなら、ずっとここにおってもええ。」


竜士らしからぬ言葉。名前は泣き顔を歪め、無理矢理にでも微笑もうとした。そんな名前は見ていられない、とでも言うように、竜士は名前の首筋に顔を埋めた。先程の涙で首筋も濡れていた。


「ずるい。竜士はずるい。私がそんなん言わんて分かっとるくせに。」
「…本気や。」
「私も本気や。本気で応援しとる。」


薄暗い名前の部屋に、彼女の涙が光った。竜士は顔を埋めたまま、名前の言葉を聞く。


「本気やから…、そないなこと言わへん。」
「……。」
「………、竜士。」
「ん。」
「…絶対帰ってきい。」


悲痛の声に、竜士は顔を上げた。そして名前の額に自分のを付ける。目と目の距離は数センチ。暗くても、尖った竜士の目の形はよく見えた。


「勿論や。お前おいて東京で死ねる訳ないやろ。必ず帰って来るさかい、待ってろ。」


名前は首を縦に振った。必ず待ってると決めた。必ず、また会う。次会う時は、


「次会う時は、お互いの夢叶えてからや。」
「…おん。」


次会う時は互いの夢を叶えてから。その時は、竜士は祓魔師、名前は舞妓だ。


―――


2011.08.29


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