韃靼人は惜しむ


竜士の部屋には女物のカレンダーがある。東京に行くと告げた次の日、名前が部屋に持ち込んだ物。赤い×印が並んでいる。今日もまた赤いペンを持ってカレンダーに印を付けた。


「名前、ピアス開けてくれへん?」


カレンダーの前に立つ名前の背中に、ベッドに寝そべる竜士は声を掛けた。名前は驚いて振り返る。


「竜士ピアス開けるん?高校デビューやなあ。」


にこにこと微笑む名前。竜士は何となく目をそらした。名前はベッドに近寄り、竜士と視線を合わせる。


「ええよ、開けたるわ。」
「ほんまか。机に穴開け入っとる。」


机を指差す。今日開けろと言うのか。唐突な話だ。名前は机の引き出しからピアッサーを出した。未開封のそれ。今日のために前もって買っておいたようだ。


「竜士、氷と消毒液ある?」
「おん、持ってくる。」


竜士は部屋を出た。彼の部屋に一人きりになると、なんだか部屋が違って見える。ここに毎日竜士はいるのか。しかしあと三ヶ月もしないうちに、この部屋に帰って来ることもなくなる。あのカレンダーが何よりの証拠。赤い×印は二ヶ月前くらいからずっと続いていた。最終日まで、あと何日なのだろうと考えることも多くなった。しかし恐くて、数えられない。


「名前?持ってきたで?」
「座って、耳出し。」


ベッドの縁に腰掛け、竜士は耳にかかった髪を退かした。名前は氷の入った袋を竜士の耳につけた。


「名前、プロやな。」
「一回開けよ思て。せやけどピアス開けた舞妓さんなんて品がない気がして、やめた。」


そんなこともあったのか、と竜士は氷の冷たさを感じながら思った。耳が冷たい。感覚がなくなるまで冷やすと聞いたことがある。


「名前は携帯買わへんのか。」
「買わん。」
「高校行かへんでも、一応年頃の女やえ、お前。」
「……私、思てたより竜士に依存しとる。舞妓の修行て大変なんや。毎日電話してまう。」
「ええやろ。電話しい。」
「あかん。竜士には竜士の、私には私の夢がある。叶うまで竜士には会わへん。声も聞かへん。」


東京に行くと決めた自分よりも、名前の方が強い決心をしていた。それが悔しくて、羨ましくて、自分が愚かだと思った。


「耳、感覚あらへんよね?」


竜士は小さく頷いた。冷えすぎて確かに感覚はなかった。竜士は名前の方は見ないように目をつぶった。すると耳元で物音がしてから、パキンという、運命を変える音がした。


―――


ピアスが運命を変えるというのは、僕君ネタです
舞妓さんは君と僕ネタです

2011.08.28


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