韃靼人は感づく


舞妓さんを見掛けると、必ずと言っていいほど名前はそちらに目を向けた。いつも隣にいる竜士がそれに気付かないはずがない。だが、恐くて聞けなかった。だからいつも、視線を奪われている名前の手をぎゅっと握る。すると名前は何も気付かないのか、どないしたの、と竜士の目を見る。竜士はこちらを見る名前の瞳から逃げるように顔を背ける。これが毎日続けば、いい加減気付く。


「坊、どないしはるんですか。」


子猫丸の焦った声が竜士の耳に響く。分かっている。覚悟を決めた限り、時間は減って行くのだ。不安そうにする二人のためにも。


「…俺は、東京に行く。正十字学園に通って、祓魔師になるんや。」


京都から離れることなんて全く考えていなかった竜士。しかし門徒達が祓魔師になるために通った祓魔塾が、自分の夢には一番近道だった。


「…坊、名前ちゃんには言わへんの?」
「………。」


無理だ。言えるはずがない。ずっと側にいろと言ったのは自分なのに、自ら手放すような真似を、竜士が出来るはずないのだ。


「…まだ半年くらいあるやろ。お前ら、絶対言うなや。」


切羽詰まった表情に、廉造も子猫丸も胸が苦しい。竜士が一番辛いことも分かっていたが、どうしようもないのだ。名前の傷付く顔を見たくないのは誰だって同じ。その中でずば抜けて心を痛めるのは竜士だ。


「名前?おらへんのか?」


神社に遊びに行っても、最近は会えなくなった。学校にいる時も、なんだか淋しげで、家にもいない。


「あら、竜士くん。名前なら出掛けよったで。」
「何処におるんか分からはりますか。」
「分からんなあ。最近はようお寺巡りしとるようやけど。」


名前が何をしようとしているのか、竜士には分からなかった。とりあえず捜すしかないのだと近所の寺を回るが、全く見付からない。捜し回っていると、祓魔師である門徒の一人が竜士に声を掛けた。


「名前さんなら、清水の寺に行かはったですよ。」
「清水?おん、おおきに!」


清水の寺は少し離れてはいるが、歩いて行けない距離ではない。竜士は全体力を足に注ぎ、走った。


―――


“しみず”じゃないですよ、“きよみず”です

2011.08.28


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