韃靼人は出会う


古都と称される、日本の文化を代表とするこの京都が好きだった。寺や神社に囲まれ、歴史を感じられる京都が好きで。勿論自分の家の神社も好きで。特に境内の桜の大木は大好きだった。


「名前、境内から出るんやないで?」
「分かっとるよ、おかん!心配せんといてっ!」


笑顔を見せ、名前は神社から飛び出した。普段着の和服で、下駄を走らせる。早く走れないが、出来る限り足を動かす。桜の木を眺めるのは、何よりも癒される。特に桜が咲き誇っているこの季節では。


息を切らし、足を止めた。桜の木の下に、見知らぬ少年がいたのだ。こちらからは後ろ姿しか見えない。人が通るのは別に珍しいことはない。苗字の神社の境内は一般に公開しているのだ。しかし、こんな境内の端にある偏狭な場所に人が立ち入るのは珍しい。少年はずっと首を上げ、桜に見入っている。花弁が舞い散る中で、桜を見上げる少年の姿は、実に神々しい。


名前は少年の背中に目を奪われる。物悲しげな、小さな背中だった。思わず動かした名前の下駄が、砂利を擦る音を上げた。瞬間、少年は振り向き、二人の視線が絡まった。心悲しい彼の表情から、目を離せない。少し釣り上がった目に、その悲しげな表情は似つかわない。何となく名前は彼に元気を出して欲しいと思い、優しく微笑みかけた。二人を包み込むように桜は舞い散り、幻想的な景色を作り出していた。


「あ…、勝手に入ってすまん。」


申し訳なさそうに眉間に皺を寄せた。気にしないで、と言いたかったが、口から出たのは別の言葉だった。


「うちの桜、綺麗やろ?」


確かに綺麗だと思った。だから足を止め、首が痛くなっても見上げていたんだ。雨のように降り注ぐ花弁の中で。自分の未来に悲観しながら。けれど、初対面で自分の目付きの悪さに恐れることもなく、神社の娘は笑いかけてくれた。桜の中で舞った彼女の笑顔が、何よりも美しいと思ったのだ。


「……そやな。」


少年は、穏やかに首を頷かせた。あの忌ま忌ましい事件から、こんなにも穏やかな心情はなかった。


「神社の娘か?」
「そうや。私は苗字名前。君は?」


少年は口をつぐんだ。名乗ったら、もう神社には入れてくれなくなるような気がした。こんなに近所なのに、知らないはずがない。俯いてしまった少年に、名前は首を傾げた。だがすぐにまた微笑む。


「名乗りとうないなら、ええよ別に。桜見に来はった人に、悪い人はおらんえ。」


少年は顔を上げる。名前と視線を合わせる。受け入れてくれないかもしれない。だがこの桜の木の下で、一度は自分を受け入れてくれた。それならそれでいいと、少年は口を開けた。


「俺は…、勝呂や。勝呂竜士。」
「勝呂くん?お寺の子やね。ご近所さんやないの。」


知っているはずなのに、彼女は笑った。怯える様子も見せずに、少年に微笑みかけていた。


―――


韃靼人の踊りと言うのはクラシックの音楽です
最初の切ない曲調が、桜の木の下&勝呂にピッタリだと思いました!
JRの奈良のCMに使われてました。
超切ないです!
是非聞きながら小説をどうぞ

2011.08.28


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