幸せのハードル


練習も終わって、夕飯も食べ終わって、お風呂も入って、部長会議も終わって、夜の荷物整理。着た物を袋に入れて、使ったタオルを部屋の隅に干して、明日着る物を準備。隣で早苗ちゃんが携帯をいじっていたから、先に歯磨きしてこようかな、って立ち上がった。


「あっ舞!」
「ん?」
「今から蔵たちの部屋行くけど、あんたも行かへん?」


白石くんの部屋…?確か部員は四人部屋で、そこには白石くんだけじゃなくて忍足くんも、小春ちゃんも、一氏くんだっているのに。


「疲れてもうた?眠い?」
「眠くはない、けど…こっこんな夜に?」


時計の短針はすでに10を過ぎている。こんな遅くに男の子の部屋尋ねていいのかな?寝てるんじゃないのかな?


「アホやね、舞。二日目の夜は毎年恒例スマブラ大会や。はよ行くで。」


半ば強引に引きずられるように部屋を出た。夏と言えど夜は少し冷える。廊下を歩く間は寒気を感じたけど、部屋に入るとそうでもなかった。と、言うか、むしろ暑苦しい。


「蔵…来たんやけど…」


部屋に入ってすぐの襖を開けると、ぴたりと止まった人影。こっちを凝視していて、手には枕。今にも投げそうな体勢で停止している一氏くんが視界に入って、思わず名前を呼んだ、けど。無視されたあげく、部屋の隅っこに飛んでってしまった。


「あー気にせんといて。ユウジまだ荷物片付けてへんのに遊んどったからな。」
「謙也っ!余計なこと言わんとはよセットせんか!」
「はいはーい。」


忍足くんがゲーム機を持ってテレビに向かって、白石くんが忍足くんの隣に座って、小春ちゃんは自分の布団の上でお肌ケアをしていて、一氏くんは相変わらず部屋の隅っこ、早苗ちゃんは白石くんの横に座り込む。この何でもない空間に、幸せを感じた。わたしも、何も迷わずに一氏くんの隣に座り込んだ。


「うわっ!な、なんやねん!見んなっ!」


慌てて荷物に覆いかぶさるように身体で隠して、思わず首を傾げる。「あっち行けや!」とか言われちゃって、少なからずショックだったものの、後ろから小春ちゃんの「ユウくん荷物片付けてないんやて!汚いモン舞ちゃんには見られたないらしいで〜」って少しからかい混じりの声がして。再び視線を戻すと、必死でしっしと追い払う真似をする一氏くんに、笑いがこぼれた。


「わたし、弟いるからもっとすごいの見たことあるよ?」
「え!おま、弟おんの?」


予想外に食いついてくれて、内心安堵。身体を少し起こしてこっちを見た。


「う、うん…一応。」
「舞ちゃんの弟はしっかり者やでー」
「…まぁ、こない弱っちー姉がおったら下はしっかり者やな。」


否めない。小春ちゃんも苦笑を浮かべていて。しょうがないから、話を変えよう。


「ひ、一氏くんは?兄弟とかは…?」
「あー…兄ちゃんおる」
「えっ?ほんと?」
「…おるけど。」
「へぇー、…そうなんだ!」


一氏くん、弟なんだね。悠紀みたいにごろごろしたり、一緒にゲームやったり、買い物行ったり、漫画の貸し借りとかするのかな?


「…なんやねん。」
「え?ううん…一氏くんも、弟なんだなぁ、って。」


想像なんてできなくて、でもまた一つ一氏くんのことを知れた。それだけのことで、わたしはものすごく嬉しくなる。最近、幸せのハードルが下がったのかもしれない。


「ほれセット出来たでー!ユウジも弥栄さんもはよこっち来いや。」
「あ、謙也、銀さんと小石川くん呼んできたって」
「なんで俺が!早苗行けや!」
「ええからはよ行けヘタレ!」


忍足くんを無理矢理追い出して、早苗ちゃんは手招きしてくれた。わたしは笑顔でそこに向かう。


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早苗ちゃんは一度も小石川と同じクラスになったことなくて苗字呼びだとそれはそれで萌える

2012.05.26


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