笑顔がキラキラ


みんなの朝練は6時から始まる。わたし達マネージャーも同じ時間に起きるけど、朝は朝食の準備を手伝うからコートには行かない。今日の朝ごはんは焼き魚っていう結構普通の和食。けど、おかずにオクラ納豆があって、少しだけ笑ってしまった。


(一氏くん、喜ぶかな)


別にわたしが作った訳じゃないけど、嬉しくなった。喜ぶ一氏くんがちょっと想像できないけど。もうすぐ7時。朝練を終えたみんなが戻ってくる。それまでに朝食を並べるのが、わたし達の仕事。厨房のカウンターに置かれた朝食を取りに戻ったとき、ちょうど早苗ちゃんとタイミングが合った。


「舞なににやけとるん?」
「に、にやけてなんか!」
「えー、ほんまに?」


そう言う早苗ちゃんの方がニヤニヤしてるのに。ちょっと居心地悪くなって、五人分くらいの朝食をお盆に載せて厨房を出る。四天宝寺用のテーブルの隣は他の学校の生徒さんがいて、すでに食べ始めていた。その横でわたしは朝食を並べていたんだけど。


「そこのねーちゃん四天のテニス部なん?」


届いた声は一瞬誰に向けたものだったか分からなかったけど、お皿並べてから振り返ると男の子たちがこっちを見ていた。


(えっ…?わ、わたし?)


確実にこっちを見ている。目、合ってるんだよね?ねーちゃん、ってことは年下なのかな?


「なぁ、聞いとる?」
「あ、は、はい…何ですか?」


お盆を胸辺りに抱えて、座ったまま椅子の背もたれに手をおいて振り返る少年に少しだけ歩み寄った。


「自分、マネージャーなん?」
「はい…そうですけど」
「凄いな!四天のテニス部とかめっちゃ有名やろ!」


同じテーブルの男の子たちが少し盛り上がってくれて、わたしも嬉しくなる。知らない人たちまで認めてくれてる。わたし、四天宝寺の一員になれてるって実感できる。ありがとう、って。そう言おうとしたとき、突然手首辺りが後ろに引かれた。


「わっ、え、あれ、一氏くん…?」


バランスが崩れかける。びっくりした。練習に行ってるはずの一氏くんが後ろにいて、しかもなんだか険しい表情。掴まれてる手が少し痛いけど、身体中が熱くなって。なのに、


「うちのマネにちょっかい出すなや」


手をぐっと引かれて、慌ててついていく。少しだけ不機嫌なのも、今はなんだか嬉しく思うし。さっきの男の子たちには申し訳ないけどね。


「皿運ぶん途中のくせに、ちょっかいなんや掛けられよって。ちゃんと仕事しいや。」
「えっ、う、うん…」


一氏くんに手を引かれて歩く。それだけなのに今いるこの食堂も、今感じるこの時間も、特別で大切でキラキラ輝くの。本当に凄いね、一氏くん。


「ユウく〜ん!」


顔を上げるとテーブルの方からみんなが席について一氏くんを呼んでいるのが見えた。でも、一氏くんはそっちを見つめたまま固まっている。


「…?あっち行かないの?」


不思議になって見上げると、ハッと気付いたように我に返って、手を離された。「や、先食っとるわ」って言うと、足早にみんなのいるテーブルに向かってしまった。呆気なく離された手に、少し寂しくなったけど。早苗ちゃんがいまだにお盆運んでるのを見て、わたしも慌てて手伝った。


でも思ったよりはやく人数分運び終わって、わたしたちも朝食。みんながいるテーブルに向かって、当たり前のように早苗ちゃんは白石くんの隣に座った。


(わっ、すごい自然に…!)


わたしも、出来ることなら一氏くんの隣に座りたい。空いてることには空いてる。でも、でも。嫌がらない?「何でお前が来んねん」とか思わない?こわい。こわいけど、でも、隣に座りたい…


「こっ、ここここ、いいかなっ…?」


結果、噛んだ。「噛み噛みやな、ぐず女」って指摘されちゃって、ちょっとへこんだ。でも、言い返しちゃえ。


「そんなこと言うんなら、オクラあげないよ?」
「え!くれるん!?くれるんか!」


ちょっとしたいじわるで言ったのに、一氏くんは突然いつものぶすっとした表情を一変させ、満面の笑み、みたいな。今の一氏くん、見たことないくらい笑顔がキラキラしてます。かわいい…よね?ものすごく、かわいいと思う。速くなった鼓動を感じて、わたしは慌てて目をそらした。


「え…う、うん。いいよ?」


あんまり一氏くんを見ないようにしながら、小鉢を差し出した。本当に嬉しそうで、きっとこんなに彼が喜ぶのを見るのは初めて。それがオクラのおかげっていうのは、ちょっと悔しいけど。


「一氏くん、ほんとにオクラ好きなんだね…」
「おん!めっちゃす…や、別に」


止まった台詞に、首を傾げた。けどすぐ目の前でニヤニヤとこちらを見る早苗ちゃんと白石くんがいて。わたしも顔を俯かせてしまった。そんなに、変かな?おかしいのかな?早苗ちゃんと白石くんは二人でいてもお似合いで、なのにわたしは…わたしと、一氏くんはそうじゃない。


「…午前練も頑張ってね。」
「おおきに。」


でも、わたしが好きなんだもん。わたしが一緒にいたいんだもん。だから、似合わなくったって、べつにいいもん。一氏くんの隣で食べるご飯は、緊張で味なんてしなかった。


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くそ、進まない

2012.05.19


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