合宿一日目の夜


更衣室を出てすぐのラウンジを通ると、そこにはすでにお風呂上がりのみんながいた。寝巻き替わりにいてるハーパンとTシャツが、みんなそれぞれ違って新鮮。小春ちゃんは白のハーパンにピンクのTシャツを着ていて(真ん中に大きく『愛』ってかいてある…)、その隣には黒のハーパンに緑色のナイキのTシャツを着てる、一氏くん。椅子に座りながら相変わらず二人でじゃれてる。髪も少し濡れていて、緑のバンダナはしていない。


(わー、すごい新鮮…)


初めて見るその姿に、胸が高鳴った。でも、一氏くんは小春ちゃんに夢中で、こっちなんて見ないけど。


「蔵ー」
「おお、早苗!遅かったな」


当然のように白石くんの隣に行ってしまう早苗ちゃん。お風呂上がりで二人ともほかほかしてる。並んで座る姿が、あまりにも自然すぎる。あれが恋人って言うのかな。すごい、やっぱり早苗ちゃんと白石くんはすごい。なんて考えていると、「舞ちゃんも座ったら?」って忍足くんから声をかけてもらえた。ぽんぽんと隣のあいてる部分を叩いている。二人掛けの椅子が並んでいて、白石くんと早苗ちゃんの向かいの、忍足くんの横しか空いてなくて、おずおずとそこに腰を下ろした。でも、当然ながら話題がなくて。ちょうど忍足くんが持っていた缶が気になったので、話し掛けてみた。


「ね、それ何飲んでるの?」
「あーこれ?シークヮーサーソーダや!」
「シークヮーサー…?美味しいの?」
「飲んでみる?」


忍足くんは缶を差し出してくれて。飲んでもいいのかな?友達と回し飲みって、すごく憧れてたんだよね。でも、わたしが受け取ろうとした時、横からにゅきっと出てきた手が、缶を持って行ってしまった。


「え、一氏くん…?」


忍足くんの手から奪われた缶ジュースは、一氏くんが目の前で飲み始めてしまった。突然のことにみんなは唖然。残り半分くらいあったシークヮーサーのジュースは、ごくごくと音を立てながら一氏くんに飲まれてしまった。全部飲み終わったあと、一氏くんは自販機の横にあるゴミ箱に缶を捨てに行き、すぐに戻ってきてまた小春ちゃんの隣に座った。足も腕も組んで、心なしかぶすっとしている。


「あー…ユウくん?」
「なんや」


小春ちゃんが話し掛けたのに、やっぱり不機嫌そう。そんなにあのジュース飲みたかったのかな。すると向かいに座ってた早苗ちゃんが突然立ち上がった。


「蔵ー、ジュース買ってー」
「しゃあないなー」


え、ちょっとわざとらしくない…?すると一氏くんの隣にいた小春ちゃんも立ち上がった。


「謙也きゅん、お姉さんがジュース買ったるわー」
「え、ほんま?ええの?」


小春ちゃんもわざとらしかったけど、忍足くんは何にも考えてなさそう。結局四人とも自販機の方に行ってしまって、わたしと一氏くんだけが残った。


(どうしよう、どうしよう。何話せばいいんだろう…)


だって、一氏くんは腕組みしたままため息とかついてて、明らかに機嫌悪いんだもん。


「あ、…し、シークヮーサー、まずかった…?」


それしか思い付かない。恐る恐る尋ねると、じろりと目付きの悪い目をこちらに向けた。


「…死なすど。」
「えっ、」


斜め向かい辺りに座っているのに、ものすごい迫力。思わず震え上がってしまった。


「もしかして…怒ってる?」
「かなり」


純粋に驚いてしまった。最近とくに話すこともなくて、付き合うことになってから少し疎遠になってたから、怒らせるようなことはしてないはずなのに。


「わ、わたし、何かしたかな…?」
「…何でやねん。」
「え…な、なにが?」
「…何でお前はそうなんや。お前は俺の彼女やないん?自覚ないんか?」


『彼女』。その呼び方は知ってる。俗に言う、恋人同士の女の子の方。わたし、一氏くんの、彼女?そんな自覚、全然なかった…


「ありえへん。昨日も一昨日も白石とか小春とばっか喋っとるし、来るときのバスやって早苗が白石の隣移動したからお前もこっち来るかと思ったらぐーすか寝とるし、あげくの果てケンヤのジュース貰おうとするとか、お前なんなん?シバき倒すで」


早口で喋る一氏くんの言葉を一つ一つ追っかけて、一つ一つ理解する。昨日も一昨日も確かにわたしは一氏くんとはほとんど喋ってない。でもそれは前と何にも変わらないこと。行きのバスでも、隣に座ってた早苗ちゃんが白石くんのほうに移動した後、わたしも一氏くんの隣に行きたいなって思ったけど結局そのまま寝ちゃって。ジュースも、忍足くんがくれるって言ってくれたからで。でも、信じられない。


(あの一氏くんが、ヤキモチやいてる…)


ああそっか、付き合うってそういうことだ。本当はちょっと、現実味がなかった。ここ数日は前とあんまり変わらなかったし。でも違うんだね。ちゃんと変わってる。もう、自信が持てる。一氏くんは本当に、わたしのこと好きでいてくれてるんだよね?もっと一緒にいて、いいんだよね?もっと近づいても、いいんだよね?


「と、隣座っても、いいかな?」


返事は聞きたくなかった。聞く前に、ちょこちょこって素早く移動して、了承も得ずに隣に腰掛ける。驚いたようにこっちを見て、何か言いたげな一氏くんに、笑ってみせた。


「えへへ」
「……ニヤニヤすな。きしょい」


頭をかりかり掻きながら、そっぽを向いてしまって。ニヤニヤした訳じゃないのに。太股の横に手をつこうとしたら、そこにはすでに一氏くんの手があって。意外にも距離が近いことに気付いて、今になってドキドキしてきた。おかしいな、忍足くんの隣にいてもこんなにはならなかったのに。


「か、帰りのバスは…隣、座ってもいいかな…?」
「……勝手にせー」


わざとらしいくらいに明後日の方を向いていて。でも、もう分かるから。一氏くん、照れてるんだ…。胸がくすぐったくて、わたしもまた笑ってしまった。そしたらやっぱり「きしょいわ」って言われてしまって。でも嬉しくて、幸せで、胸がいっぱい。そんな、合宿一日目の夜。


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2012.05.06


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