優しさのかたまり


時間というものは過ぎていくもので。さっきの嘘みたいな時間は、もう今では10分前。でも、きらきらした視界は、やっぱり変わらなかった。


「お土産買ってきたよ。」


そう言って机の上に袋を置いた。白石くんも忍足くんも「おおっ」って喜んでくれて、早苗ちゃんもにこにこしてくれた。でも、一氏くんは小春ちゃんに連れられて部室から出て行ってしまって。少し肩を落とした。


「進展はあったみたいやね?」


座ったまま、下からの視線。早苗ちゃんの言い知れぬ目に、身の毛がよだった。なんか、もう全部お見通しのような、そんな目。


「えっ、と…」
「あー良かった!これでユウジに恩返し出来たわ。おめでとう、舞」


恩返し?おめでとう?話についていけなくて、白石くんに助けを求めたけど、忍足くんと一緒にお土産に騒いでるだけだった。再び視線を早苗ちゃんに戻すと、やっぱりにこにこしている。


「付き合っとるんやろ?」
「えっ!?な、な、なに?なに、それ!」


付き合ってる?誰が誰と?早苗ちゃんと白石くん?でも、今の脈絡からして、わたしの話…?


「ちっ違うよっ!わたし、菊丸くんにはちゃんとっ」
「はぁ?菊丸くんとちゃうよ。ユウジの話してんねん。」
「一氏くん?」
「…告白されたんとちゃうの?」
「え?さ、され…」


告白…?わたし、好きって言った。一氏くんも、好きって言ってくれた。10分前の出来事に、わたしはまた胸がいっぱいになる。思い出すだけで、カァッて顔が熱を帯びる。でも…


「でも、違うと…思う。一氏くんは、そういうつもりで言ったんじゃ…」


だんだんと沈んでいく声。だって、あんなの間違いだ。あれだけ嫌ってた一氏くんが、こんなわたしのこと好きなはずがない。舞い上がった、惨めなわたし。


「なぁ、弥栄さん。」


突然の声に肩が揺れた。白石くんだった。お土産に夢中だった振りして、今の話聞いてたのかも。忍足くんはほんとについて来れてないけど。


「弥栄さん、言うたよな?ユウジの気持ちはユウジにしか分からん。ユウジの気持ちはユウジのもんやから、俺には関係あらへん言わんかった?」


視界が揺らいだ。その言葉に、聞き覚えがあったから。紛れも無く、わたしはそれを言った。体育館の多目的室で、白石くんが悩んでいるときに、言った。


「俺は、もっと自信持ってええと思うって言うたよな?」
「…うん」


そっか。あの時はわたしは言う側だったから。偉そうにあんなことを言って、そんなの言う資格わたしには無かった。沈黙が過ぎる。話が分かっていない忍足くんも、今は空気を読んで黙っている。でも、すぐに早苗ちゃんが話し出した。


「その話はよう分からんけど。」


そっか、あれはわたしと白石くん二人の会話だった。早苗ちゃんは知らないんだよね。


「ええこと教えたる。ユウジ、ここ一ヶ月くらい、舞が転校してまうって誤解しとったんや。」
「転校…?え!早苗ちゃん誤解といてくれるって…」
「で!ここ一ヶ月ずーっと元気なかったん、そのせいやったん」


話、ぶった切った…。じゃあ、一氏くんずっと誤解してたのかな?だからさっきも、部室の前で聞かれたんだ。でも、それで元気ないって?絶対喜んでると思ったのに。


「弥栄さんに転校してほしなかったんやろな」


どき、と胸がざわつく。さっき、抱きしめられたとき…


『行かんといて』
『大阪におればええやろ』


もしかして、あれって…そういう意味だったの?まだ新しい記憶。鮮明に思い出せる。一氏くんの震えた声。力の強まる腕。


「うそ…」
「嘘やないで。弥栄さん、もっと自信持ち?ユウジは嫌い嫌い言うとったけど、今までのあいつの態度が、ほんまに嫌いな奴への態度や思うか?」


わたしは、自己紹介のとき拍手をしてくれたときから、一氏くんの優しさを身に染みて感じていた。拍手もそう。早苗ちゃんへの告白を邪魔したときも、授業中なのに迎えに来てくれた。変わりたいって言うわたしに、頑張れって言ってくれた。女の先輩たちに呼び出されたときに、あの窓からボールを投げてくれたのも、もしかしたら一氏くんだったのかもしれない。ライブにも、来ていいよって。モノマネのネタも、わたしが分からないからって変えてくれた。満場一致でテニス部にも迎え入れてくれた。校舎裏でも、いろんなことを話した。わたしのこと、すごいって言ってくれた。頭を撫でてくれた。泣いていいよって言ってくれた。思ったことちゃんと言ってって。一緒に傘にも入った。早苗ちゃんのことを打ち明けてくれた。こんなわたしに、おおきにって言ってくれた。メールアドレスも1番に教えてくれた。ひどいこともいっぱい言われたけど、でもそんなの全然思い出せないくらい。なんだかんだ言っても、一氏くんは優しさで溢れてた。こんなの、心底嫌いな人には出来ないよ…


「思わ、ない…」
「せやろ?やから…」


そのとき、部室のドアが勢いよく開いた。そして虚しくも響く、部長の声。


「なんやシケとんな!ほな部活再開するで!」


横で早苗ちゃんが「空気読まなさすぎやろ…」と嘆いていて。そしてわたしに気付いた部長が「弥栄帰ってたんか?早速今日から復帰してくれ!ジャージ誰かに借りて!な!」と早口で告げた末、部室から出て行った。


「ほな弥栄さん、今日はユウジと一緒に帰ること!ええな」
「えっえええ!」


突然の指示に、吃驚。すると早苗ちゃんがわたしの肩に手を置き、ナイスなスマイルで「誘うんやで?曖昧な関係は1番アカンからな」とか言ってる。そして、白石くんもわたしを指差して、「これ、次期部長命令やから」って言った。こんなの、職権濫用だと本気で思った。


―――――――――――――


長いな…

2012.04.22


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