矛盾する想い


こんな自分が大嫌いだった。本心もろくに言えない。人の視線を気にして我慢ばかりの生活。大好きだった人に連絡先も聞けない。こんなの、もうやめたかった。


「…いち、し?」


桜が舞い散る中、昇降口前の掲示板に張り出されたクラス発表を見て、わたしは思わず声をこぼした。見覚えのない名前ばかりが並ぶ中に、一際目立つ珍しい名前を見付けた。でも、一週間前に大阪に引っ越したばかりではまだ友達もおらず、この感動を伝えることが出来るのはただ一人しかいなかった。そしてその人がタイミング良く現れてくれる。


「舞ちゃ〜ん!元気やった?久しぶりやねぇ」
「小春ちゃん!良かった、会えて!」


坊主頭に眼鏡。その奥にはいつもと変わらず優しさの滲み出る細目。小春ちゃんは、東京から引っ越してきたわたしにとっては大阪での唯一の知り合い。わたしのお母さんの実家が大阪。つまり母方のおばあちゃんの家が大阪、偶然にも小春ちゃんの家の隣だった。幼なじみとまでは言えないけど、お正月は毎年会ってたし、夏休みなどの長期休業ではお母さんの帰郷のついでに、隣の家の小春ちゃんとも過ごしていた。そしてわたしの高校入学に重なった両親の離婚。わたしはお母さんと一緒に大阪へ来て、そこの高校に入学することになった。不安が募る中、小春ちゃんとの再会にわたしは安堵した。


「珍しいなぁ、小春が女の子と話しとんの」
「浮気かー!」


手を取って再会を喜ぶわたしたち。そこで背後に声が掛かった。いたのは、小春ちゃんの友達のようで。左手に包帯を巻いた人や、頭にハチマキのようにバンダナ巻いた人、もう一人は爽やかだけどとくに目立つものはなく。髪の色がみんな違う。個性豊かだなぁ、と思いながら、わたしはさりげなく小春ちゃんの陰に隠れた。が、バンダナを巻いた男の子がわたしから小春ちゃんを引きはがした。


「小春!誰や、その女は!入学早々浮気か!?死なすど!」
「あら〜、ユウくんに蔵リンに謙也やないの。」


バンダナの彼が物凄い剣幕で怒鳴り散らしているのに、小春ちゃんもその友達も、スルー。こ、これが俗に言う大阪スキル。


「ユウくん、お黙り!この子は舞ちゃん。おかんの実家がうちの隣やねん。お正月には毎年会っとったな。ちょおっと人見知りやけど、仲良うしたってや。」
「弥栄舞です!よろしく、おお願いします!」


小春ちゃんの笑顔付きで紹介をされて慌てて頭を下げた。若干噛んだことに、後ろにいた包帯の彼と爽やかな彼はぷっと笑う。恥ずかしい。でもバンダナの彼だけはやっぱりわたしを睨み付けていて。


(こ、怖い…)


今だに唯一の知り合いである小春ちゃんとの間で機嫌を悪くする彼には恐る恐る視線を上げたみたのだが。


「なにびびっとんねん。」
(そ、それはきみがものすごく睨んでいるからです。)


どうして睨まれるのか分からない。わたしには初対面の彼を怒らせた覚えが全くない。そこで困ったように包帯の彼が口を挟んだ。助け舟!ありがとう!


「弥栄さん、俺白石蔵ノ介いうねん。よろしゅう。」
「あ、俺は忍足謙也!謙也って呼んだって。」


爽やかな笑顔と朗らかな笑顔が二つ並ぶ。わたしはもう一度名乗ると、また吃ってしまって笑われた。恥ずかしくなりながら、バンダナの彼を盗み見ると、さっきと変わらずわたしを睨んでいた。こわい。


「ほれ、ユウジも。」
「…生憎こいつに名乗るような名前は持ってへんのや。」
「ユウくんかっこい〜!男前やわ〜!」
「小春ぅ〜!」


こ、小春ちゃんってこういう子だったんだ。家でしか会ったことないから新鮮。隣で忍足くんと、えーっと…蔵石くんだっけ?小春ちゃん蔵リンって呼んでるしね。二人は苦笑を浮かべていた。あ、これが小春ちゃんの日常なんだなぁ。


「で、舞ちゃんはクラスどこやった?」
「わわたし、4組だった…!小春ちゃんは?」
「アタシはー…あった。1組やねぇ。」


小春ちゃんが違うクラス…!どうしよう。一人も知り合いがいない。高校からはちゃんと友達つくりたかったのに…。これじゃあ前途多難だよ。


「あ、俺もや。」
「蔵リンと一緒や〜」
「なんやと!?白石〜!」
「俺のせいちゃうやんけ。お、ユウジも4組や。弥栄さんと同じやん。」


え…うそ。やだ。こんなこわい人と一緒なんてやだ。掲示板をもう一度見ると、さっき注目した“一氏”という苗字の下に、“ユウジ”と続いていた。あ、じゃあこのバンダナの彼が、いちしくんなんだ。


「ユウくん舞ちゃんのことよろしく頼むわぁ」


こここ小春ちゃん!?いいよ、そんなこと言わないで!怖いから!さっきより睨まれてる…。なんでわたしが睨まれなきゃいけないの。もう、初日からめげそう。泣きそう。


「はぁ?それは小春の頼みでも無理やわ。俺女嫌いやし。そん中でもこないうじうじした女は一番嫌いや。」


一瞬で空気が凍り付いた。忍足くんは慌ててフォローか何かしてたけど、全然耳に届かなくて。バンダナの彼は、すたすたと先に校舎に入って行った。


「堪忍なぁ、舞ちゃん。ユウくんも昔はあんなんやなかったんやけど。」


小春ちゃんの言葉に、首を横に振った。ショックとか、そういう気持ちじゃないの。だって、あんなに面と向かってわたしに嫌いだと告げた。凄い、と思う。わたしだって人間だし、あんまり好きじゃないと思う人がいたこともある。馴れ馴れしくして面倒事だけ押し付けてるクラスメートの女の子。でも、文句も何も言えなかった。黙って我慢して視線気にして。こんなわたしには絶対言えないようなことを、彼は言ったの。こわいとか、ひどいとか、そんなのより、彼に対する尊敬の方が大きかった。こわかったけど、バンダナの彼に、憧れたの。あのときみたいに。


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2012.01.24


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